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新しい年はどんな年?

 お正月のおせちの準備も終わり、ここ何年か見たことがなかった紅白歌合戦を見ている。というより聞きながらブログをこうして書いている。友達が紅白の仕事をしているから何となく私まで気になって見ている。

 あんなににぎやかだった大晦日も今年は娘は彼の実家へ結婚してはじめての里帰り。息子は別れた夫とその実家で年越しをするので、年越しの準備に追われて忙しかったときにはそれどころではなかったけれど、やることがすみ年越しそばも食べてしまうと、何と「静かだなー」と思う。こんなのんびりとブログが書けるような大晦日ははじめてかな?

 今年はつくっているときに電話がかかって話し込んでいたら、伊達巻がこげてしまった。久しぶりに重箱を出して、やっぱりこれを見るとお正月だと思う。例年は友達と初日の出を見に行くのだが、何かかなり寒そうだ。年をとるに従って、初詣や初日の出を見に出かけるのも出かけられなくなるかもしれない。
 
 あっという間の一年だった。年をとると一年経つのがとても早い。こうしてあっというまに人生のほとんどが終わってしまうのだろうか?こどもの頃の大晦日は、親族みなで畳をあげ、DDTをまいたりしてとても大変で、忙しい中、年越し蕎麦を食べたものだった。それから比べると大掃除といっても楽になったものだ。

 来年はどんな年になることだろうか?政権も代わり、日本もアメリカも市民が真実を追及し、市民のための政治をとりもどそうとしている。何か今までよりは期待がもてるような気がする。言論の自由がなく、人を人とも思わぬような政治にはNoをつきつけなければならない。政権交代はこのような政治にはっきりとNoをつきつけた結果といえる。今年はどんな年になるだろうか?

 ペソが甘えてくる。




戦争のない日本は平和だと思う。戦争は異国のことのように思うかもしれないが、戦争に限らず私達市民が世の中の動きや政治から眼をそらさずにいないと自由にものが言えぬ世の中になってしまうから。これからの日本の世界のためにも、どんな小さな出来事でもまかせっきりにせずに自分の考えと意見を持っていなければと思う。

革命のなかった日本にとって政権交代はそれにあたるようなものだったと思う。国民が変えた政権交代は今年もっとも特筆すべきものだった

日航機墜落
も 9・11も 地球温暖化詐欺も何か、真実が見えてくる年に来年はなるような気がする。沖縄密約問題のように、ジャーナリストの信念とそれを支える人達が、職を失わせ、新聞社を倒産に追い込んだ政府の嘘を、国民の知る権利と真実のためにめげずに追及していったあのようなこともあったのだから。権力が人の人生を踏みにじったとしても、負けずにいればいつかは晴れやか気持ちになれる日も来ると思わされた出来事だった。
http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-568.html

 今年は和順庭へ通った一年だった。友達を支え、支えながらも今年が終わる。ムーア監督の言うように、愛や思いやりのない人達は、戦争だって何だって、お金儲けのためならなんでもやるかもしれないけれど、市民の力できっと変えられると思えるような希望が見えてきたところで、新年を迎える。

 きっと市民の力で来年はいい年にしようおもっている。ブロガーの皆さん、来年もよろしく!
 どこの国にうまれ、生きようと誰もが自分の人生を幸せに生きる権利がある。人との出会いにどれだけ勇気づけられることか。私を支えてくれた友達ありがとう!

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和順庭から入間市博物館・飯能「能仁寺」・「展覧山」・飯能駅前「祥龍房」

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 朝早く起きて和順庭でモーニング。この所寒いので和順庭の草木もだいぶ枯れてきていました。寒いので何か温かいものをとコンビニで買った おでんの汁で煮たうどんというので、暖をとりました。これが意外とあっさりしていて美味しかったです。



和順庭の南入口。


枯れ木を片付けたり、剪定したり、和順庭もお正月を迎える準備です。


すっかり枯れてしまって見渡せます。


今年最後の和順庭を後にし、入間市博物館へ。「お茶の博物館」と言われていていて以然から行きたかったところだったのですが、あいにくお休みになっていて、入れたのは庭だけでした。


それで飯能の展覧山へ。前に行ったときは登ったのが夕方ですぐ日が暮れてしまったので、行ってみようということになったのです。飯能市市民会館に車を
とめて登ることにしました。


麓の「能仁寺」へ。曹洞宗のお寺です。除夜の鐘つきやお正月の準備をしていました。


「展覧山」山頂にて。明治天皇が登られたとか。また、渋沢彰義隊が能仁寺にこもって官軍と戦った飯能戦争ことが書かれた碑がありました。


晴れていれば富士山や秩父の山なみがよく見えるのですが曇っていて見えませんでした。


小学校の時遠足で来たこともあり、そのときは高い山だと思ったのですが、こんなに低かったのかなーと思いました。その頃は麓に東雲亭という旅館にお正月には家族や親戚で泊まりに行ったことも思い出します。もうその旅館はなくなっているようです。国民宿舎はまだあるようですが。


落ち葉を踏みしめながら下山。


昼食をとりに飯能駅へ。北口には行ったことがあるのですが、今度は駅の南口へ。中華料理の「祥龍房」で黒酢豚定食(650円)と酸辣刀削麺(500円)を。


他のお店だったらとてもこの値段では食べられないと思える料理で、とても美味しかったです。中国人の夫婦でやっているお店のようでした。麺は包丁で削いだような麺でとてもこしのある麺です。


帰りにお正月の買物し忘れた物を買い足して、これで年賀状・大掃除・買出し・和順庭の掃除・車の掃除と無事終わって、明日はいよいよおせちの準備だけになりました。年末はテレビを見る暇もないぐらい忙しいですけれども、あいまに登山もできたし、まあいい年納めになりそうです。

阿佐ヶ谷 海鮮食楽部

20091229225104


12/29
昨日、今日と朝からずっと大掃除に追われ、ほとんどインスタントのものばかりだったので、夜8時すぎに掃除を終えた時には、疲れ果ててしまった。9時すぎに仕事を終えた友達と食事をすることにし、阿佐ヶ谷へ行った。

 寒かったので、何か温かいものでも食べようということになり、通りがかりの「海鮮倶楽部」に入った。海鮮寄せ鍋を頼み、鍋の残り汁にご飯を入れて食べ終わったときには、満ち足りた気持ちになった。

 お店を出てから、まだ営業していた西友に行き、お正月の花やおせちの材料を買い揃えた。時間が時間だけに空いていて、ゆっくり買物をすることができた。とりあえず、どうしてもというものは買い揃えられた。買物を終えて家に帰るともう日付は翌日になっていた。

映画「キャピタリズム ~マネーは踊る」について



映画「キャピタリズム ~マネーは踊る」を見た感想を書いてみます。



 この「キャピタリズム~マネーは踊るを見て
(文章中の「」は「キャピタリズム」のパンフレット中の「小学生でも2時間で分かる世界同時不況のすべて」からの抜粋)



「アメリカでは今、8人に1人が7秒半ごとに家を失っている。」「いまアメリカ中に、表面下でぐつぐつ煮えたぎる怒りが蔓延している。この映画を作りながら、僕はずっとそれを感じていた。」

映画「キャピタリズム」にひきこまれていった。
「華氏911」も見たけれどそれよりもはるかに面白かった。
事実を語った映画がなぜこれほど私をひきつけたのか?
それはアメリカの現実というだけではなくて日本の現実でもある。
見終わって、できるだけ多くの人にこの映画を見てもらいたいと思った。
アメリカの国民がどんなであるかということがよくわかる。何を思い、嘆き、悲しんでいるかが。
テレビでも新聞でも報道されないアメリカがある。
それはそしてそのまま日本にもあてはまることだ。特に政権与党の立場にある議員には見てもらいたい。

「今では大学の入学式に、クレジット会社が子供たちにサインさせるための机がずらっと並んでいる。そして彼らは学生ローンで、卒業後の20~30年も借金まみれになる。」

「いきなり解雇され路頭に迷う労働者たち、差し押さえられた家の前で泣きながら家具を燃やす夫婦、ワーキングプアばりの低賃金でこき使われ借金と過剰労働から航空事故を起こすパイロット、きわめつけは受取人を会社にした生命保険を社員にこっそりとかけ社員が死ぬと保険金をまるまる会社が手にいれる」


日本の少年院にあたるペンシルベニア州の更正施設は民営化されてから、刑期を不当に延長したり、些細な少年犯罪にも有罪にして入所させてほしいと判事に利益供与を行い、常に経営のため満杯にするように司法ぐるみで仕向けられるようになった。

「ムーアが子供の頃の1950年代、父はGMの従業員だった。幼稚園の時にはマイホームがあり、3年ごとに車を買い換え、1年おきには夏はNYへ旅行した。組合の保険で医療費は無料。借金せずとも大学に進み、年金は積み立てられ退職時に受け取れた。あの頃、人々は確かに資本主義を謳歌していた。

日本だって終身雇用と年功序列の日本型雇用に労働者は守られ、よっぽどのことがなければリストラもなく、ローンで家を買っても退職金で返済し、退職後は貯金と年金で暮らせた。一家の主のリストラの心配がなければ、安心して子供を産み育てることもできた。銀行に預ければ利息で預金は増えていった。生活の心配をさほどしなくても暮らしていくことができた。

ある意味で資本主義といいながらも民主主義も社会主義的福祉と呼べるものもあるような幅のある社会構造だったのかもしれない。それがピラミッドの頂点にいるものだけが富を得ることができ、それを支える底辺の者は働く場も家も奪われる。

資本主義がおかしくなりはじめたのはレーガンが大統領に就任し、ウォール街が政治を支配するようになってからだ。それまでのルーズベルト大統領が生きていたらこのような事態にはならなかったと映画では悔やむ。ルーズベルト大統領の教えを受けた者が日本やドイツなどの敗戦国の憲法制定や民主国家樹立に寄与したため、これらの国にはアメリカにはないような国民皆保険制度などの社会保障が整っており、最低限の国民の生活が保障されている。

ニューディール政策を始めたルーズベルト大統領最後の演説(1944年1月11日)はアメリカ憲法で保障された「幸福の追求」をより具体的に実現するための新しい権利章典の提唱だった。ルーズベルトが掲げた権利は以下の通り。

 社会に貢献し、正当な報酬を得られる仕事を持つ権利
 充分な食事、衣料、休暇を得る権利
 農家が農業で適正に暮らせる権利
 大手、中小を問わず、ビジネスにおいて不公平な競争や独占の妨害を受けない権利
 すべての世帯が適正な家を持てる権利
 適正な医療を受け、健康に暮らせる権利
 老齢、病気、事故、失業による経済的な危機から守られる権利
 良い教育を受ける権利

 この演説の後すぐにルーズベルトは亡くなり、この権利章典は法制化されなかった。

ルーズベルト大統領亡き後、「1980年11月、かつてB級映画の俳優としてCMに出演していたレーガンが大統領に誕生。それは「ウォール街による国の掌握」を意味していた。投資銀行メリルリンチの会長ドナルド・リーガンが財務長官に就任、富裕層に減税を行い、産業基盤の解体を推し進めた。」これって小泉さんが首相になってすぐ高額所得者の税額を頭打ちにしたのと類似している。

「81年以降、平均株価は1371%増と企業は記録的な収益を上げたが、労働者の賃金は凍結。組合は解散、数百万人がリストラ、CEOと労働者の報酬差は649%増に広がった。以後倒産・リストラは加速していくことになる。

「シティバンクの極秘メモによれば、「米国の体制はもはや民主主義でなく『プルトノミー』になった」という。「底辺の95%の合計より多い富を所有する1%の最富裕層が、独占的に支配し、独占的に利益を得る社会」のことだ。

「今のウォール街はまるで『狂ったカジノ』、マイホームさえも賭けの対象になってしまった。『金融の神様』と呼ばれたグリーンスパンFRB議長は、『住宅資産の活用を』と呼びかけ融資規制緩和を実施。住宅を担保に融資を与え、さらに再融資して利殖できるようにした。契約書には極小文字で『利子が高くなる』と書いてあったが、返済できなければ家を差し押さえればいい。住宅ローン最大手のカントリーワイドは一般庶民に、そんな『サブプライムローン』を売りまくった。

一方、同社の会長は『友人』であるVIPには金利を優遇、その中にはウォール街を監督する立場にいる議員も含まれていた。住宅ローンの支払が焦げ付き始めると、大手金融機関のCEOは合併や買収を通して『勝ち逃げ』を決め込み、莫大な報酬を手にした。そして08年9月15日、リーマン・ブラザーズが破綻し、株価は大暴落。もともと不健全だった金融システムが崩壊したのだ。

元ゴールドマン・サックス会長のポールソン財務長官らブッシュ政権の幹部は、ウォール街のCEOと不良債権の買収にいくら必要か極秘会議を繰り返した。国民の税金7千億ドルを投入する救済法案が審議され議会は紛糾、一度は下院で否決されるが株価の大暴落と政治工作を経て、結局法案は可決。国が政治家ではなくウォール街に動かされる『金融クーデター』が起きてしまった。

ムーアは議会監視委員会の議長に『7千億ドルはいったいどこへ?』と尋ねるが、『分からない』と言われてしまう。ポールソン財務長官に電話しても、名乗った途端に切られる始末。それならば、実力行使しかない!ついにムーアは大型トラックに乗り込み、$マークのついた大袋を片手に『僕たちの金を返してくれ!』とNYウォール街へと突入して行く・・・!!

映画はここまでで終わっている。

パンフレットで森永卓郎氏が述べています。
「複雑で難解な金融の仕組みを作り上げ、価値のない金融商品の価格をつり上げて売りつけたり、危険なローンを契約させて、資本主義者たちが利益をむさぼった。その仕掛けを庶民は見破ることができなかった。しかし、金融資本主義が作り上げた砂上の楼閣は、ついに崩壊した。そのとき被害を受けるのが、マネーゲームに参加したプレーヤーたちだけだったら良かったのだが、現実にはマネーゲームとは無関係の国民が巻き込まれた。資本主義が牙をむいて、庶民に襲いかかってきたのだ。」

「彼らはお金を右から左に動かすだけで、何億円、何十億円という天文学的な報酬を得てきた。社会的な弱者が被害に遭う裏で、強者が莫大な利益を手にするというマネーゲームの構造は、マイケル・ムーア監督が批判し続けてきた戦争とまったく同じだ。だから、この映画が取り上げている「資本主義」は「金融戦争」と考えた方が理解しやすいのかもしれない。」

「そして、金融戦争も、本当の戦争も、それを仕掛ける人の思想には共通点がある。それは「自分の利益が増えるのであれば、自分と無関係の人が、泣こうが、わめこうが、死んでしまおうが一切構わない」と割り切っていることだ。マイケル・ムーア監督の怒りの矛先は、そうした思いやりのない、つまり愛のない人たちなのだ。」

 


 お金だけが目的の社会。国際化という名のもとに、各国の税金や年金が吸収されていく。世界政府・世界銀行樹立をもくろんだロスチャイルドの犯罪が明るみに出ようとしている。今、9・11事件も副大統領ディック・チェイニーとそれをあやつる国際銀行家ロスチャイルドの犯罪と言われている。

(1815年、ロスチャイルド家はイングランド銀行を支配下に置き、英国の通貨発行権と管理権を手中に収めました。1913年には米国に連邦準備制度(FRB)を設立し、米国の通貨発行権と管理権を手中に収めているのです。

21世紀初頭、ロスチャイルド家が中央銀行の所有権を持っていない国は、全世界でアフガニスタン、イラク、イラン、北朝鮮、スーダン、キューバ、リビアの七ヵ国だけでした。その後、アフガニスタンそしてイラクに対する米国の侵攻により、現在では残り僅か五ヵ国のみになっています。)

国民の命も世界支配のためにはどのようにも利用され、戦争さえそのために利用されるのです。それに気づきはじめた市民たちは立ち上がって行きます。この「キャピタリズム」でも国民が反対して法案を下院で否決するということや(政治工作により結局可決されるが)、差し押さえられて車上生活する家族を市民が集まり家に帰し立ち退かせようとする者たちから守ったり、差し押さえに立ち会う保安官が「市民を家から立ち退かせることは職務命令があってもしない」と報道関係者に毅然と言ったり、解雇された労働者たちを市民たちが食料支援して支えたりと、今までのアメリカでは伝えられなかった市民の姿が描かれています。

最初に書いた「いまアメリカ中に、表面下でぐつぐつ煮えたぎる怒りが蔓延している。この映画を作りながら、僕はずっとそれを感じていた。」というムーアの言葉はこのような市民の行動から来ているものです。

以前書いた「キャピタリズムと日本の政権交代」 
http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-563.html

 
のときにはこのような映画とは思わなかったのですが、アメリカだけでなく日本が今後どう進むかということも考えるうえで、見るに値する映画だと思いました。アメリカも日本も政権交代して、国民の立場に即した民主主義が息づきはじめていると、市民の力が政治を変えはじめていると見終わっても何だかうれしくなるような映画でした。 


パンフレットで堤 未果ジャーナリストが述べています。
「そこで気づかされる。この映画のテーマが、決してアメリカ一国の話ではないことに。国家の行方を左右する穀物や石油、為替だけでは飽き足らず、医療や教育、人々の暮らしまでギャンブル商品に変えられる。規制を緩めるために巨額の献金とネットワークで政治に圧力をかけるそのゲームに、国境などないからだ。

ムーア監督は最後に言う。『あなた達みんなの力が必要だ』と。真の犯人がサブプライズローンでもアメリカという国でもなく、一部の人々が陶酔する「欲望のゲーム」だと知った時、私たちの目に映る世界は形を変えるだろう。映画がヒットするたびに圧力を受け、今やSPと共に移動するムーア。彼は知っているのだ。狂ったゲームを止めるためには、真実を知る人々の数こそが力になることを。」 

今日のTBSテレビ「サンデーモーニング年末スペシャル」で第2部「世界の行き詰まりと時代の要請」{米国最大のカジノ街の地下住民。 格差と国債・不安日本。 資本主義その功罪。 ムーア監督怒りの告発。 なぜ限界?成長神話。 破綻国再生の道と意識の変革 }はとてもよかった。
 政治家を並べ、どの政党がいいかというのではなく、どの政党もアメリカのこの種の問題から日本の国をどのような国にすべきかというようなこれからの指針を提供でき、議論や学びの場となるような番組を放送してほしい。

そうすれば、安易に日本にカジノを持ってこようというような愚かな発言をする議員に、賢い国民は踊らされることもないであろう。
国民が目覚めることが私達の生活や日本の国を守ることになるのだと気づかなければと思う。

キャピタリズムの映画を見に行って

有楽町日比谷「シャンテ」で映画「キャピタリズム」を見ました。


とてもよかったですが、映画についてはまたあらためて。


日比谷公園を散歩


公園内の心字池で


ばらなどが咲いている土曜日の午後公園でのんびりとすごす人たちを見かけます。


噴水にて


日比谷花壇で



帝国ホテルの前で


帝国ホテルの中を通るとチェックインの人たちの長い行列が。
サービスが売り物のホテル業としては失敗では?


帝国ホテルの中を通り抜けて銀座へ。日本情緒のあるお店なので行ってみるとお箸を売っているお店でした。


しばらく歩くとまたさっきと同じお箸の店が。


銀座「らん月」で食事。とても美味しかったです。銀座とアメリカにお店があるということでした。


銀座のブランドブティックをウインドーショッピング。それからITO-YA、鳩居堂などのお店を見て汐留に行く途中、イルミネーションのきれいな並木道で記念撮影。


汐留にもイルミネーションの飾りつけがされた電車がありました。


汐留「ベトナム フロッグ」で、フォーや炒飯などのベトナム料理を。ベトナム料理っていつ食べても美味しくてあまりがっかりすることがないには、調味料のせいなのでしょうか?


映画に銀ブラととてもよく歩きました。銀座はいつ来ても人出の多いところです。それに「ブルガリ」や「ティファニー」などのブランドのお店があるかと思うと日本情緒あふれるお店があったりもします。

クリスマスイブ「サンマルクカフェ」ランチ

 年の瀬で忙しくなると込み合うのでぎりぎりまで行かずにいた美容院に行った。お正月には家に子供たちが来るので、それまできれいでいられるようにと思ったらかなりのショートカットになってしまった。

 この日は母の用事がなくなったので、友達の免許の更新の講習の間、私はとびこみで美容院に行って、カットと白髪を染めるマニキュア、パーマと日頃気になっていたのをすっきりさせた。そして、免許の更新を終えた友達と食事。

クリスマスイブだというので「サンマルクカフェ」でクリスマスランチ。平日だというのに混んでいた。


このお店はやきたてのパンが食べたいだけ食べられる。同じセットをふたつ頼んでも、前菜や主菜を別のを頼めば、バリエーションに富んだランチになる。


セットでちょっと豪華な雰囲気が味わえる。

 昼食が済んで、クリスマスの雰囲気を味わおうとあちこちドライブして、子育ての時の子供たちがクリスマスを楽しみにしていた頃のケーキに鳥もも・プレゼントとにぎやかだったのとはまた違ったクリスマスをすごした。

それにしてもこの日はケーキがどこへ行ってもセットで出てきて、カロリーオーバーだったような気がする。

HPcompaq nx 9010 のパソコンと所沢の小吃坊

 パソコンの電源が起動しなくなった。HPcompaq nx9010のパソコンで2004年購入の物。電源のところがへこんでいて、その窪みの中に電源があるのだが、電源を入れたときに、その押すところがはがれて、パソコンのキーボードの下に入ってしまった。

 すぐにHPに電話したのだが、フリーダイヤルは話し中で待てど暮らせど通じない。購入7日以内の故障受付に電話して他の番号も聞いたのだが、かけても通じない。この日の夕方、かけ直してやっと通じ、事情を説明するが、部品は5年しか保存してないから修理には応じられないという。

 パソコンについては素人の私には、電源の押すところの部品がはがれてパソコンの中にはいったのだから、それを取り出してつけさえすれば起動するはずなのに、直せないなんてどうしても納得ができない。

 せめて持ち込んで修理の見積もりぐらいできないのかとくいさがるのだけれども、5年経ったものはだめだと言う。話しているうちに、どうも今までにも私と同じところの故障での修理依頼があったようだということもわかってきた。この人も教えられた通り答えなければならぬ立場にあるようだ。

 電話を切ってどうしようかと途方に暮れてしまった。翌日パソコンに詳しい友人に来てもらい、パソコンを分解して部品を取り出し、それを貼り付けるも瞬間接着剤がなく、あったボンドで貼りつけてもすぐまたはがれてしまうので、電源の真上にあたる箇所に穴をあけ楊枝で電源を押すようにすると起動した。



 友達に分解してもらってわかったことは、製品の設計ミスにより、電源のところが故障しやすくなっているということ。電源ボタンが接触する真下の位置に本来の電源スイッチの接点ボタンがないため、その部品が壊れやすくて、結局はずれて起動しなくなる可能性が高いようだ。多分この機種のこの箇所の故障の修理依頼はかなりあり、その部分を新機種では改善して発売したと思われる。

 私は直してくれる友達がいたので、原因もわかり使うことができたが、ほとんどの人はあきらめて買い換えるのだろう。まだ使えるものも廃棄されてしまうのが現状のようだ。車と違って、よほどの災害につながらない限り、リコールされることはないし、半年でどんどんリニューアルされるパソコンでは、消費者にどんどん新しいのを買わせようと、というのがメーカの戦略のようだ。

 修理を終えて、和順庭へ行くことにした。多摩湖へ行き、夕陽の沈むのを眺めた。
 それから所沢の西武のレストラン中華料理「小吃坊」で、ふかひれセットを頼んだが、麺のどこをみてもふかひれがなく、お店の人を呼んで問いただすと、「これぐらいのふかひれが入っていたのですが、とけてしまったのかもしれません」といっていたが、とてもそれほどのふかひれがはいっていたとは思えなかった。ふかひれセットと名づけるならそれに見合うだけのものを出して欲しいと思った。


恵比寿ガーデンプレイス「カフェパパス」



娘と恵比寿ガーデンプレイスで買物と食事をしました。


ガーデンプレイスはクリスマスの飾りつけがされていてクリスマスムードに。


結婚して彼の実家へ帰る娘へことづけるお年賀を買いにガーデンプレイス内の三越へ。





平日なのにかなりの人出が。


三越の「カフェパパス」でティタイム。ケーキセットで頼んだアップルパイの大きさにびっくり。
20091222133307

テーブルランナーづくり

 年賀状はひとこと言葉を添えれば完成なのですが、ここのところ根を詰めてやったせいか、やる気がせずにのんびりとすごしました。 
 
 友達と吉祥寺に行った時、通りがかりに入ったお店で買った着物のはぎれでテーブルランナーをつくりました。


はぎれ2枚で、630円×2の1260円でできました。


お正月用にするつもりです。着物の生地なので光沢があります。

とんでんと喜多方ラーメン「坂内」

 日曜日、家の友達が来て年賀状をし、無事印刷まで済ませることができました。トラブル続きだったのですが、何とか終えました。年賀状づくりで寝不足だったのですが、やっと終わって食事にでました。
 空腹に耐え切れず、通りがかりにあった「とんでん」に入りました。


この日が友達の誕生日だったので、お祝いにいつもよりちょっと豪華に、恵膳と香膳を。恵膳に巨大な茶碗蒸しがついていてびっくり。香膳のホイル焼きは普通はポン酢のたれとかで食べるようなものなのですが、それほど味がついていないのにそれだけで食べるのどうも。


気分転換にドライブし、帰りはかなり冷え込んできて寒さに桜台の喜多方ラーメン「坂内(ばんない)」に。ねぎラーメンとゴマ味噌らーめんを注文。

チャーシュはやわらかくて麺もこしがあって美味しかったけれども、味噌らーめんの麺がゆで加減のせいかもうすこし硬めでもよい気がしました。
プロフィール

和枝

Author:和枝
 高校教師をやめ、ガーデニングのブログを書くうちに、気づいた小沢問題の陰に潜むマスコミや検察の腐敗をブロガーたちと追究し、小沢一郎氏の無罪判決を得ることができました。

「和順庭の四季おりおり」と題したブログの時から御支持いただいた真実を追究する仲間や冤罪被害者の皆様に支えられ、市民メディア「ツイートテレビ」を立ち上げ、私も生まれ育った東京を離れ、「生活の党と山本太郎と仲間たち」に習い、心機一転、主人の郷里・徳島にてエネルギッシュで常に現実に向き合い情報発信する生活をしています。
 
 それに伴い「和順庭」と名づけた庭も徳島県へ引っ越しました。



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口座名 服部 和枝

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