雨上がりの和順庭へ

 激しく降る雨が上がって、夕方から和順庭へ行きました。
陽が沈んで、昼間ほどの暑さはないものの、雨上がりで蚊が出てきて、蚊取り線香をつけながら、草取りや収穫をしました。
きゅうりやなす、ピーマンを収穫

ベランダから持って行った野菜の苗を植えて。

20100731231223
汗びっしょりで暗くなるまで仕事して。

帰りに南京亭で食事。
http://www.nankintei.com/tenpo.html

 阿佐ヶ谷西友で買物しての帰り道、いつも混んでいる阿佐ヶ谷から鷺宮を通る道が空いていてとてもスムーズだった。
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辻元議員へ。  支持者に応えて力を発揮できるところで政治活動を

 社民党の辻元議員離党のニュースが流れた。







政治家としての苦難を乗り越えて、民主党との連立政権で国土交通副大臣に就き、民主党議員と仕事をし、政権にさまざまな意見を反映しようとしていた時に社民党は連立を離脱、辻元議員のみならず多くの有権者がどれだけがっかりしとことかと思う。

 民主党と連立を組み政権の中にいながら協力して少なくとも今までよりもよくしていこうというより、常に野党としての批判政党としてのスタンスしかとれなかったということに、参院選で沖縄県民は判断を下したように思う。

見方を変えれば、政権の中にいて与党を分裂させ、政権に参加して政策を実現できる立場を放棄し、沖縄県民のためといいながら何も結果としてなしえなかったと言ってよい。

連立がうまくいかなければ自公政権に戻ることにもなりかねない。

あれだけもめなければ一時的には辺野古に移転しても2014年にはグアムに移転いていたかもしれない。(最もグアム移転延期については対北朝鮮問題もあるのだろうか?)

沖縄県民を混乱させ、収拾をつけられなくなってから連立を組んできてその苦難にいっしょに立ち向かうのではなく、さっさっと離脱してしまう今の社民党は、結局のところ共産党と同じスタンスしかとれないのだと思われる。

野党にいて今まで通り政権政党に反対するところにしか政党の存在意義を見出せないのであれば、連立を離脱するしかないであろう。

ただ、有権者は社共でやはり一緒に組む方が社民党には合っているのだろうと思うだろう。

辻元議員がウエブサイトで、

「おそらく社民党の筋を通す行動は認めつつも、しかし政権と関わりながらそれを実現していく道を、もっと真剣に辛抱強く探るべきだという有権者のご批判もあったかと思います。

私は国土交通副大臣を経験させていただきました。それは現実の矛盾の塊への挑戦であり、利害調整の最前線でした。私は、JAL再建問題、JR不採用問題の和解、中国人観光客のビザ緩和や生活困窮者への総合的サポートなど自民党政権では成し得なかったことに取り組む中で、理念と現実を往復しながら物事を具体的に動かす、これが政治だということも改めて確かめることができました。

そんな中で、私は、現実との格闘から逃げずに国民のための仕事を一つずつ進めていきたいという思いが強くなりました。」と述べている。

辻元 議員を応援したのは、社民党支持者だけでなく、民主党・国民新党他の支持者もいたからで、だから政権に参加し、政党の意向も反映することができたのだといえる。

有能な議員のこと、これからは今までのような社民党という小さな枠にとらわれず、支持者のためにも政権参加できる場で力を思う存分発揮していくことを大いに期待している。

 市民活動をしている者が政党の中に埋もれることなく、どんどん意見を反映させられるように辻元議員を中心に取り組んでいってもらいたいと思う。

せっかく一緒に民主党議員と仕事をしていたのだから、民主党の中のそのような場(民主党は、現在もNPO・NGOの受け皿となっているが)をさらに発展させて、政権に市民の意見を反映させていってもらえればと思う。  



「これからは無所属議員として活動を始めます。願うところは、参議院選挙後の流動的な政治情勢の中で、私の政治信条を果たすべく、新たな挑戦に進みたいということです。(略)

私はいま、現実政治のなかで政策の実現の可能性をギリギリまで求めていく政治活動に出発したいと思います。それは、大海原に丸太で乗り出すことかもしれません。しかし、精一杯前に進みたいと思います。」

 

 今私は、この辻元議員の気持ちを応援しようと思う。これまで彼女を育ててくれこれからの道も約束されている政党を離れて、新たな出発をしようというその決断にエールを送るのは、私だけではないはずだ。

 長い間いた政党を離れてみて、それまで常識となっていた物事に対する見方も変わり、さらに広い視野と意見を受け入れることで判断することができるようになるのだと思う。

民主党の議員と仕事をして、今までとは違った見方や考え方から政治を見直すことになったのかもしれない。

 いずれにしても、自分の人生、気持ちに正直にそして大切にして、悔いのない道を歩まれますよう、これからの頑張りに期待しております。





http://www.kiyomi.gr.jp/blog/2010/07/27-2007.html
2010年7月27日
私の離党届提出について
私は社会民主党に離党届を提出しました。

私は今日まで、社民党で政策実現を果たしたい、果たすためにはどのようにすればよいのかを考え続けて行動してきました。それは、小さな政党にとって決して容易なことではありません。いつも現実を一ミリでも前に動かそうと苦悩を抱えながら毎日、試行錯誤をしてきました。
しかし本日、私は離党の決意をするに至りました。
これからは無所属議員として活動を始めます。願うところは、参議院選挙後の流動的な政治情勢の中で、私の政治信条を果たすべく、新たな挑戦に進みたいということです。

この間、連立政権への参加、普天間問題をめぐる政権離脱、そして参議院選挙という一連の出来事がありました。振り返って社民党の政権離脱は基本方針に照らしてやむをえなかったことでありました。私は、政治の場で筋を通す意義を大切に思います。市民の運動と連携していく重要性も十分認識し、共に行動してきました。一方で小さな政党にとって政権の外に出たら、あらゆる政策の実現が遠のいていくことも心配でした。何がこの先、社民党の正しい方向なのか最後まで悩みました。

そして参議院選挙では、社民党は比例区で2議席を確保したものの、残念ながら大きく得票を減らしました。これは一体なぜなのか。おそらく社民党の筋を通す行動は認めつつも、しかし政権と関わりながらそれを実現していく道を、もっと真剣に辛抱強く探るべきだという有権者のご批判もあったかと思います。

私は国土交通副大臣を経験させていただきました。それは現実の矛盾の塊への挑戦であり、利害調整の最前線でした。私は、JAL再建問題、JR不採用問題の和解、中国人観光客のビザ緩和や生活困窮者への総合的サポートなど自民党政権では成し得なかったことに取り組む中で、理念と現実を往復しながら物事を具体的に動かす、これが政治だということも改めて確かめることができました。

そんな中で、私は、現実との格闘から逃げずに国民のための仕事を一つずつ進めていきたいという思いが強くなりました。

今後も私は、憲法9条を守り、弱い立場の人たちのための政治を目指すこと、それはいささかも変わりません。また私は20代のピースボート時代から、沖縄の方たちと戦争と平和の問題に取り組んできました。普天間基地問題の解決のために沖縄の皆さんと力を合わせてこれまで以上にがんばっていきたいと思っています。

これまで私を育てて下さった社民党の先輩や同僚・党員の皆さまをはじめ全国でご支援いただいたすべての方々に心から感謝申し上げます。

私はいま、現実政治のなかで政策の実現の可能性をギリギリまで求めていく政治活動に出発したいと思います。それは、大海原に丸太で乗り出すことかもしれません。しかし、精一杯前に進みたいと思います。

2010年7月26日  衆議院議員 辻元清美

民主党は「国民の生活を第一」に考える政治を

 民主党が菅政権になってから国民の生活をわかって政治をしているのかと疑問に思うことがある。

政権交代後の消費税発言など、庶民の立場にたっていたら当然出てこないような言葉だろうとも思われる。

「日本の国の社会保障のあり方と税制について、これから政権与党を中心に野党も交えて議論し、考えていこうと思う。」というなら、誰もがこれほど新政権に異を唱えなかっただろうし、期待もしただろう。

庶民の生活をまず考えるなら、低所得者を直撃する消費税についての議論や増税は、安易には口にはしないだろうし、議論されたとしても最後になって出てくるものだろうと思われる。

 それだけ菅政権は、交代時の高支持率におごり、どのような人達が民主党を支えてきたかを忘れていたように思われる。

ある意味で、この時民主党はすっかり自民党と同じになってしまったと有権者は見ただろう。それなら政権運営に馴れてる自民党の方が安心できると思ったかもしれない。

 また、政権交代後は、政権内閣と民主党の間がぎくしゃくしているようにも見受けられた。

内閣を支えるはずの民主党内部が分裂し、内閣と民主党がバラバラで、特に政権をとってからの民主党の党としての存在が内閣を支える存在として見えてこないでどこかに隠れ、出てくるのは内部分裂の報道ばかりのような気がしていた。

 今の政権は、外部の民主党の議員である小沢氏を攻撃する勢力に乗り、民主党を分裂した形で支持を集めた内閣であるから、所詮長続きなどしないようにも思う。

民主党が政権交代を合言葉に勝利したあの頃に戻り、充分な議論と心の底から一致協力して民主党という党としてまとまっていかないかぎりは、誰がトップの座についても、ガタガタのまま内部から崩れていくことだろう。

 政策コンテストなどいきなり政府がやらずとも、民主党や国民新党などの与党が募集しやってみてから政府へ吸い上げるようにしたっていいように思うが、今は何もかもが分裂しているようにも思う。

 国民のどのような層が民主党を支えてきたのか常に忘れることなく、初心に戻って議論し出直さない限り、今まで民主党をどんなに攻撃されても応援してきたブロガーたちも離れていくことと思う。

 両院議員総会で参院選の総括をするのなら、今この機会に充分な話し合いをして党が再生しない限り、これから先の政権運営はねじれ国会を迎え内部分裂してしまうおそれさえ含んでいるように思われる。

民主党を分裂させようとする外部圧力にどれだけ党員が結束して当たれるか?そう考えると民主党を分裂させようとする真の敵は民主党を構成する民主党員一人一人にあるのかもしれないと思えてくる。

母が泊まりに来て

 熱中症が心配で、日曜日母を迎えに行って泊め、昨日母を家まで送って来ました。

泊まりに来た母はよく寝ていて食欲もあり安心しました。

今日は、朝からデイサービスに行くことになっていたので、昨夜送っていったのですが、まあ娘としてはデイサービスに行って、入浴や食事など付き添っていてもらえれば、暑い家の中でぐったりしていることもなくいられるので、この暑い夏を乗り切るためにあれこれ母にとっていいのではないかと思っています。

 夕方、電話がありとても楽しかったとのこと。暑い時期は週二回のデイサービスと私や妹の家に泊まりに来るなどと工夫をしています。

 母が帰ると入れ替わりに、仕事の休みをとって高校の太鼓部の合宿に行っていた息子が帰り、またこれから忙しくなります。

金賢姫 来日と 米韓 対 北朝鮮     日本はアジアを戦地としない政策を

 

金賢姫の来日で、元工作員をVIP待遇だとか贅沢だとかというようなことが一斉に報道されているが、元工作員とはいえ北朝鮮という国に生まれたがゆえに、命令に背くこともできずに従わざるを得なかった一女性が、命令通りに大韓航空機を爆破し、命を断つはずが生き残ったとしても、どれほど苦しく重荷を背負った人生となったことか。

 命令とはいえ、多くの乗客の命を奪ったことの責めを負いながら生きることを、「あの時死なずに生き残ったのは、私のしかできない北朝鮮という国が犯した罪に苦しむ人々の救済のために、私のできることをする」と自分自身に納得させながらきたからだろう。

 今は恩赦により罪を許されたといっても、韓国での彼女の生活には自由はないであろうとも思われる。

 拉致被害者家族救出のために、日本に招くよりも韓国に行ったほうが安あがりなのにというような報道もあるが、 かつて北朝鮮に行って何億かのお金が動いたとかというようなこともいわれているが、韓国などへ行って見えないところで秘密裏に行うよりも、日本国民からすると鳩山別荘とかヘリコプター移動とか何がどう行われているのかはっきりわかるところで、国民に見えるところで行われていることに意味があると思う。

拉致被害者家族との面談についても、その思いはよくわかる。小泉訪朝・拉致日本人帰国以来、ぱったり途絶えてしまった救済が根気強く行われており、風化させないという家族とそれを支えようとする金賢姫の思いも伝わる。

警備のためにヘリコプターを使い、東京の町を案内するぐらいしたところでそれに目くじら立てるほうがどうかと思う。

 韓国に行ったのでは得られない情報をもっているのも事実だろうし、日本に来たから話せることもあるだろう。

マスコミに載せられない情報もえられたかもしれない。日本でこのような拉致被害者家族との情報交流がもたれたことに意味があると思う。

 拉致された人が、なつかしく言っていた東京の地名。そのひとつひとつを確かめるように眺め、「あなたに会いたいと言ってお母さんは泣いていたけどきっと会えるから。会って私よりももっと美味しいものをつくってくれるから。」と励ましたこの金賢姫こそが、唯一拉致された者と残された者とをつなぐ存在だといってよい。

 このことについて言えば、それほど贅沢だとか警備を厳重にするからといってVIP待遇だとかとは思わない。

 ただ、このことがあったと前後して、アメリカが韓国との軍事演習などを強化し、また日本も自衛官が参加したりして、対北朝鮮へ日米韓への軍事行動が強化されアジアが戦争の地とされるのではないかという心配がでてきた。

 アセアンでは、日米韓が対哨戒船問題http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-845.htmlで激しく北朝鮮を攻撃する。拉致問題・大韓航空機爆破については逃れることの出来ない北朝鮮について、戦争をしかけられる理由はあるが、ぜひとも戦争となるのだけは回避しなければならない。

 
 かつて書いたように「ロスチャイルド家が中央銀行の所有権を持っていない国は、全世界でアフガニスタン、イラク、イラン、北朝鮮、スーダン、キューバ、リビアの七ヵ国だけでした。その後、アフガニスタンそしてイラクに対する米国の侵攻により、現在では残り僅か五ヵ国のみになっている。」


 そして、戦争でしか経済がまわらなくなっているアメリカは、イラン・北朝鮮を対戦国としようとしているといわれているが、今もっとも戦争相手国とされているのが北朝鮮だといえる。

戦争をしかけるのには理由がいる。そして、その理由となるにのは何か?
ただ、どうしてもアジアの地で戦争を起こし、多くの人命を失わせてはならない。

 戦争となれば、北朝鮮だけでなく韓国も中国もそして日本も被害は免れない。戦争とならぬよう交渉することが望まれる。

中国の経済成長とアメリカの経済破綻、それぞれの国の主導権争いもからみ、アジアの平和についても各国の利害がからむが、何より戦争をしないで交渉するためにはどうすればよいかが、アジアのどの国にもこれからの課題となるだろう。

 菅政権になってから、この点がとても不安で、日本政府にアメリカに安易にのせられしまうのではないかとの危惧すらもってしまう。

 民間種牛を殺してから、すぐにアメリカ牛の輸入緩和を山田大臣にルース駐日大使が持ちかけたりしているのをみると、今の民主党政権で日本は守れるのかが不安しなる。

 

NHKニュース

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20100723/t10015931081000.html

輸入牛肉制限緩和 協議再開へ
7月23日 20時10分
山田農林水産大臣と、アメリカのルース駐日大使が会談し、現在、生後21か月以上の牛の肉の輸入を認めない輸入制限を緩和するかどうか、政府間の協議を3年ぶりに再開させることで一致しました。

ルース駐日大使は、23日、農林水産省を訪れ、山田農林水産大臣と会談しました。この中でルース駐日大使は、「アメリカ産牛肉の輸入条件の緩和に向けた事務レベルの協議を早期に開き、この問題を前に進めたい」と述べました。これに対して、山田農林水産大臣は、「口てい疫の問題が一段落すれば、事務レベルで協議を再開させたい」と述べ、政府間の協議を再開させることで一致しました。アメリカ産牛肉は、3年前にいったん輸入制限を緩和するかどうか協議が再開しましたが、意見がまとまらず、その後、国内で口てい疫が発生したため、協議は中断していました。今回、アメリカ側の要請を受け、農林水産省では、9月以降、協議を再開させることにしていますが、具体的な輸入条件については、国の食品安全委員会による検証が必要となり、早期の制限緩和や撤廃を求めるアメリカと協議が難航することも予想されます。


毎日JP
 

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100724ddm002010062000c.html

米韓合同軍事演習:幹部自衛官4人が参加
 防衛省は23日、韓国海軍哨戒艦「天安」沈没事件への対抗措置として、25日から日本海で実施される米韓合同軍事演習に、海上自衛隊の幹部自衛官4人がオブザーバー参加すると発表した。自衛官は演習に直接参加せず、米海軍の原子力空母ジョージ・ワシントンに乗り込み、演習状況を見学する。

 米国を含む多国間演習に自衛隊が参加するケースはこれまでもあったが、米韓の軍事演習に参加するのは初めて。米韓両国から演習参加の招待を受け、政府は「日米韓3カ国間の防衛協力の推進に資する」(海上幕僚監部)と判断し、参加を決めた。【仙石恭】

 

母の家から和順庭へ

 暑い日が続き、一人で冷房もつけずにいる母が心配で、7/24(土)おにぎりをにぎり、母の家で昼食をとり夕方まですごしてから、和順庭へ行きました。

来るたびに、草が伸びていて、収穫だけして帰ろうと思うのですが、やっぱり
草取りなどあれこれし、汗びっしょりになって仕事し、いくらやってもきりがないので、途中できりあげて帰ります。

きゅうり、なす、枝豆など収穫したのですが、このところ雨が降らず、野菜も
暑がっているようにも思えます。

20100724235740

 疲れて帰る途中でお腹も空いてきて、「幸楽苑」ラーメンで食事。
http://www.kourakuen.co.jp/index.php

 


暑い夏はどうしてもあの酢のきいた冷やし中華が食べたくなるのだが、少し食べて満足すると、今度はあのラーメンのだしを丁寧にとったスープと麺がやっぱり食べたくなるのも不思議だ。

息子と小伝馬町の銀行へ

 息子の銀行登録印を新規登録するため、仕事先に一番近い銀行を探し、勤務時間前に銀行の開くのを待って、息子と一緒に行った。

手続きは本人でないとだめだということで、息子が手続きして間に合わぬようだったら、私が通帳などをもらって帰るということにして、営業時間9時からというのに、8時半には行ってひたすら開くのを待っていた。

暑い外で待つのは辛いと思っていたが、幸いにもATMの涼しい中で、待つことだでき、10分ほどで手続きも終わり、息子も仕事に遅れることなく出かけて行った。


 仕事先に最も近い場所がこの小伝馬町支店だったが、この小伝馬町という駅に降りたのは初めてだった。

ただ、この暑さ。まだ、どこかに寄るのにもどこもお店なども開いてなく、そのまま家に帰ったが、やはり暑くて疲れた。


 昨日も今日も、あまりに暑くて、出かけるのはよほど水分を摂るなどしなければ、熱中症になるおそれがある。

 炎天下長時間歩いたり、バス停などで長いこと待っていたりすることは、できるだけ避けなければならない。

 母などどんなに暑くても、クーラーもつけずに窓を開け放っているが、窓から入るのは熱風に近い。一人暮らしのお年寄りなどが、家の中で熱中症で亡くなるなどのニュースに、これも何とかせねばと思う。


日本経済新聞
 


http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819695E0E0E2E0EA8DE0E0E2E5E0E2E3E29191E2E2E2E2;at=ALL

168人を熱中症で救急搬送、東京都内 過去5年で最多

全国各地で猛暑が続く中、東京都内で21日に熱中症で救急搬送された人が168人(速報値)に達したことが22日、東京消防庁のまとめで分かった。同庁によると、7~8月の1日当たりの熱中症による搬送者数としては、2007年8月16日の143人を上回り、過去5年間で最多という。

 重症者は18人で、江戸川区では屋外で工事作業中の男性(60)が重度の熱中症で病院に運ばれた。

 22日も午前10時までに12人が救急搬送され、うち3人が重症。足立区の女性(87)が自宅で意識を失って倒れているのを家族が見つけ、119番した。



毎日JP
 

http://mainichi.jp/area/gunma/news/20100722ddlk10040244000c.html

猛暑日:県内8地点で 熱中症で21人救急搬送--館林で全国最高38.9度 /群馬
 県内は21日も太平洋高気圧に覆われ、館林で全国最高気温の38・9度、前橋で全国2番目の38・5度を記録するなど、県内13観測地点中8地点で35度以上の猛暑日となった。

 前橋地方気象台によると、猛暑日となったのは他に▽上里見(高崎)38・1度▽伊勢崎37・9度▽沼田37・4度▽中之条36・4度▽桐生と西野牧(下仁田)36・0度。沼田は1977年の観測開始以来の最高気温を記録した。県沼田土木事務所によると、沼田市久屋原町の国道120号ではコンクリートが熱で膨張し、長さ約10メートルに渡り約20センチ隆起した。

 一方、毎日新聞の集計で午後5時現在、21人が熱中症で救急搬送された。南牧村では農作業中の男性(78)が倒れて意識不明に、太田市内でもみどり市の男性(63)が意識不明となり、いずれも重症。

 同気象台によると、県内は24日ごろまで暑さが続く見通し。【喜屋武真之介】

【関連記事】
猛暑:6人死亡 35度以上106地点
熱中症:石川、埼玉で3人死亡
高温:関東甲信、東海で向こう1週間 最高気温35度以上の猛暑日になるところも
猛暑日:熱中症で6人死亡 106地点で観測、群馬・館林は38.9度
熱中症:石川の80代、2人死亡
毎日新聞 2010年7月22日 地方版



熱中症の予防法
 

http://www.heat.gr.jp/prevent/index.html
 
 熱中症にかかりやすい条件など
 熱中症にかかりやすい状態の者は以下の通りです。
 暑熱障害にかかりやすい者
○ 体力の弱い者(新入生や新人)
○ 肥満の者
○ 体調不良者
○ 暑熱馴化のできていない(暑さになれていない)者
○ 風邪など発熱している者.
○ 怪我や故障している者
○ 暑熱障害になったことがある者
○ 性格的に、我慢強い、まじめ、引っ込み思案な者など

 以下のような疾患を持っている者は注意が必要です。
 暑熱障害の増悪因子
○ 高齢者
○ 心疾患(冠状動脈疾患など)
○ 高血圧
○ アルコール中毒
○ 糖尿病
○ 発汗機能の低下者
  薬物(抗パーキンソン剤、抗コリン剤、抗ヒスタミン剤)
  汗腺障害
  強皮症

 熱中症の起こりやすい環境や活動の条件などは以下の通りです。
 気象・環境・活動条件など
○ 前日までに比べ、急に気温が上がった場合
○ 梅雨明けをしたばかりの時
○ 気温はそれほどでなくとも、湿度が高い場合
  (例: 気温20℃、湿度80%)
○ 活動場所が、アスファルトなどの人工面で覆われているところや
  草が生えていない裸地、砂の上などの場合
○ 普段の活動場所とは異なった場所での場合
  (涼しいところから暑いところへなど)
○ 休み明け、練習の初日
○ 練習が連日続いた時の最終日前後
 
 スポーツによる熱中症の予防
 予防法のまとめとして
○ 環境条件を把握し、それに応じた運動、水分補給などを行う
 暑い時期の運動はなるべく涼しい時間帯に行うようにし、急な激しい運動を避け、休憩と水分補給を頻繁に行う必要があります。(詳しくは「水分補給と体調管理」を参照ねがいます)
 また、クラブ活動、チームなど集団での活動の場合、強制的に水分補給ができる時間を設ける”強制飲水”という方法を行うべきと思います。その際、必ず個人に水分補給の仕方のレクチャーをしてあり、一人一人が自分にあった補給の仕方を知っている必要があります。注意として、個人が好きなときに自由に飲める”自由飲水”という方法のみということは避けるべきで、強制飲水と自由飲水の両方を併用して行なう方法が最善と考えられます。(詳しくは「自由飲水について」を参照願います)

○ 暑さに徐々に馴らしていく(暑熱馴化)
 熱中症は、7月下旬から8月上旬の梅雨明け直後に特に多く、また、夏季以外でも急に暑くなったときなどにも起こります。これは、体が暑熱環境や、体の発熱に馴れていないためで、急に暑くなったときなと゛は運動を軽くおさえ、体を暑さに少しずつ馴らしていく(馴化)必要があります。

○ 個人それぞれの条件を考慮する
 上記に詳しく掲載しましたが下痢、発熱、疲労などで体調の悪い者は、暑い中で運動してはいけないことがわかると思います。また、体力の低い者、肥満、暑さに馴れていない者は運動を軽減し、運動中は特に注意をする必要があります。

○ 服装に気をつける
 服装は軽装として暑さ寒さにあわせ、吸湿性や通気性のよい素材で、色合いも熱を吸収しないもの(白系統の色)にすると良いでしょう。直射日光は帽子で防ぐようにしてください。
 例えば、暑い場合は、白いメッシュ状に織り込んであり、速乾性の素材の半袖シャツに、短パンというような服装です。

○具合が悪くなった場合には、早めに運動を中止して、必要な手当をする
 指導・管理者などが、選手などを見るポイントとして、足の動きや運び、目の焦点、こちらの質問に確り反応できるか(質問は絶対に答えられるもので)の3点をチェック・ポイントとして判断の基準として下さい。もし、少しでもおかしいと判断したら、涼しいところで休憩させ、水分補給をさせてください。
 また、手当については、「応急手当」のページをご覧下さい。
 
 最後に
 最後に、日本体育協会が平成5年に「熱中症予防の原則」として
下記の8ヶ条を発表しています。参考にしてください。
 熱中症予防8ヶ条
1. 知って防ごう熱中症
2. 暑いとき、無理な運動は事故のもと
3. 急な暑さは要注意
4. 失った水と塩分を取り戻そう
5. 体重で知ろう健康と汗の量
6. 薄着ルックでさわやかに
7. 体調不良は事故のもと
8. あわてるな、されど急ごう救急処置



知っておこう!熱中症の予防と応急処置

熱中症にならないために
熱中症は、ちょっとした注意で防ぐことができる。また、レジャーのときばかりではなく、普段から心掛けて欲しいポイントを挙げてみたのでさっそく今日から試してみよう。
体調を整える


睡眠不足や風邪ぎみなど、体調の悪いときは暑い日中の外出や運動は控えよう。

服装に注意


通気性の良い洋服を着て、外出時にはきちんと帽子をかぶろう。

こまめに水分補給


「のどが渇いた」と感じたときには、すでにかなりの水分不足になっていることが多いもの。定期的に少しずつ水分を補給しよう。特に夏場は汗と一緒に塩分が失われることを考えると、0.1%程度の塩水もしくはスポーツドリンクを飲むのがオススメだ。

年齢も考慮に入れて


体内の機能が発育途中の子どもや、体力が衰えはじめた高齢者は熱中症になりやすい。年齢を意識して、予防を心がけることも大切だ。



熱中症になってしまったら

http://www.health.ne.jp/library/5000/w5000374.html

熱中症かもしれない、と思ったらまずまっ先にしなければならない基本中の基本を挙げてみたので、いざというときのために、ぜひ、覚えておこう。

・ 涼しい日陰やクーラーの効いた室内などに移動する
・ 衣類をゆるめて休む
・ 体を冷やす
氷や冷たい水でぬらしたタオルを手足に当てる。
氷や冷たい水がない場合は、タオルやうちわ、衣服などを使ってあおぎ、風を送って冷やす。
・ 水分を補給する
このとき、水分だけではなく、汗によって失われた塩分も補給する必要がある。
0.1%くらいの塩水か、スポーツドリンクを少しずつ何回にも分けて補給しよう。


ここまでは、自分でもできる応急処置。軽い症状の場合はこれで良い場合もあるが、気分が悪くなるほどなら、ここから先は、周囲の人にサポートしてもらう必要がある。あなたの家族や友人・知人が熱中症になったときのことを考えて、ぜひ頭に入れておこう。 また、レジャーなどにでかけるときは、タオルや冷たい水を入れた水筒、スポーツドリンクや日陰をつくれるようなパラソル、レジャーシートなどを持参したい。


●筋肉がけいれんしているなら(熱けいれん)

けいれんしている部分をマッサージする。また、体の特定の部分(例えば脚など)が冷えているなら、その部分もマッサージしていこう。

●皮膚が青白く、体温が正常なら(熱疲労)

心臓より足を高くして、あおむけに寝かせる。水分が摂れるなら、少しずつ薄い食塩水かスポーツドリンクを何回にも分けて補給する。

●皮膚が赤く、熱っぽいなら(熱射病)

上半身を高くして座っているのに近い状態で寝かせ、とにかく体を冷却。首、脇の下、足のつけ根など、血管が皮膚表面に近いところを氷などで集中的に冷やす。氷がない場合は、水を体にふきかけ、風を送って冷やす。アルコールで体を拭くのも良い。このとき注意したいのは、体の表面だけを冷やしてふるえを起こさせないこと。

●意識がはっきりしない場合は

反応が鈍い、言動がおかしい、意識がはっきりしない、意識がない。こういった場合はすぐに救急車を呼ぶ。同時に、応急処置をしていこう。また、意識がはっきりしない、もしくは意識がない場合の水分補給は厳禁だ。また、吐いてしまった場合にのどを詰まらせないよう横向きに寝かせよう。

●症状が回復しても必ず病院へ

回復したつもりでも体内に影響が残っていたり、再発のおそれもある。熱中症になったら、回復した後でも必ず病院で診てもらおう。


回復後もしばらくは静かにすごそう
熱中症は、回復してしまえば終わり、というものではない。一説によると、熱中症になった経験のある人は熱中症になりやすいともいわれている。

また、最近では、熱中症で体温が高くなると、大腸菌でつくられた内毒素が血液中に漏れ出て、体温が正常に戻っても体の抵抗力が弱まるという研究結果もある。

熱中症になった後は、病院を受診して大事をとるとともに、しばらくの間は体をいたわる生活をする必要があるようだ。くれぐれも「もう大丈夫」とばかりに、翌日からまた活発に活動をはじめる、なんて無謀なことをしないように。

母のデイサービスの契約

 介護認定を受け、母にケアマネージャーをつけ、デイサービスの見学にも妹と母とで行って気にいったというところと契約をすることにし、妹と母の家に行った。

ケアマネージャーとデイサービス担当の者が訪れ、説明を聞いて契約をし、週二回デイサービスを利用することとなった。

朝迎えに母の家まで来てくれ、ティータイムや入浴、昼食、体操やゲームなどしてすごし、夕方母の家まで送ってくれる。

こう毎日暑いと家にいても、クーラーがあってもつけずにいる母は、家の中で熱中症になるのではないかと心配しているので、かえって空調設備のあるところでデイサービスに行ってあれこれ介護のプロに世話をしてもらって、母が楽しくすごしてくれているほうが私も妹も安心することができる。

暑い中で歩くのも、バスなど利用しようとバス停で炎天下待っているのも母の年になると心配だが、送迎してくれて行き届いた気配りがされるところにいるのは何よりだと思う。

特に、今回私が入院することになり、私や妹に何かあっても、暑いこの時期、娘の所に泊まりに来なくてもお風呂に入れるというのは、ありがたい。

ある時から、不安で家のお風呂に入れなくなって母にとって、このようなデイサービスを利用できるのかという思いもあったが、介護認定されたことで一割負担の費用でサービスが受けられ、私と妹の家とさらにディサービスと母の受け入れ先が拡がったことは、私達にも母にとっても喜ぶべきことだと思う。

母のことがあってはじめて、介護認定システムや料金制度について知ることができた。

また、信頼できるケアマネージャーをつければ、デイサービスなどに問題があっても他の業者にかえたり、他の方法について相談することもできるということがわかった。

はじめての母のデイサービスにもっいく物などを妹とあれこれ準備して、何だかこどもを幼稚園や保育園にはじめて入園させるときみたいな気持ちになるのも不思議だった。

ここのところ大人になったはずの息子のことや母のことであれこれ忙しくすごすことになって、このように世話しながらやがて世話されたりというようなめぐり合わせの中でいるのだなとしみじみと感じている。

日本橋  「十他素」

 入院していたので、今日になってお中元をしに日本橋へ行く。
川にかかる「日本橋」と書かれた橋。

日本橋高島屋

仕事帰りの息子と待ち合わせて、日本橋「十他素」(日本橋三越向いの路地を入る)で炭火焼料理を。
http://r.gnavi.co.jp/g477501/


http://maps.google.co.jp/maps/place?hl=ja&rlz=1T4GGLD_jaJP304JP304&um=1&ie=UTF-8&q=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%A9%8B%E3%80%80%E3%80%80%E5%8D%81%E4%BB%96%E7%B4%A0&fb=1&gl=jp&hq=%E5%8D%81%E4%BB%96%E7%B4%A0&hnear=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%A9%8B%E9%A7%85%EF%BC%88%E6%9D%B1%E4%BA%AC%EF%BC%89&cid=17687292724680440509


自然農法の野菜や肉を炭火で焼いて食べる。素材がとても美味しく食べられる。とろろそばを頼んだが、とろろがとてもしっかりしていて、おそばもとても美味しかった。

 食べ終えてとても満足感が残った。店主のあたたかな人柄・丁寧な応対にとても気持ちがなごめるようなお店だった。このお店には、ぜひまた行きたいと思う。

練馬駅  越後そば

 息子と所用で出かけ、帰りに練馬駅にある越後そばで食事。
越後のお蕎麦の食べられるお店。
この休みは、和順庭へ行っただけだけど、息子と久しぶりにすごした休みだった。


新潟の「へぎそば」が食べられるお店。

とても美味しかった。

てんぷらの盛り合わせとこのお店おすすめの塩ごまそばも食べてみる。
お蕎麦とサラダを合わせたようだった。

「へぎそば」が練馬で食べられるのが嬉しい。へぎに入っているもりそばのようなもので、新潟へ行くと大きなへぎいっぱいの蕎麦をぺろりと皆平らげてしまうのに驚いたものだが、これがとても食べたくなるのも不思議だ。

 この駅には、このお蕎麦屋さんとお寿司屋さん、とんかつやさんがあるが、いずれもずっとこの場所で営業しているのをみると、やはり固定客もついているのだろう。

とてもリーズナブル。
プロフィール

和枝

Author:和枝
 高校教師をやめ、ガーデニングのブログを書くうちに、気づいた小沢問題の陰に潜むマスコミや検察の腐敗をブロガーたちと追究し、小沢一郎氏の無罪判決を得ることができました。

「和順庭の四季おりおり」と題したブログの時から御支持いただいた真実を追究する仲間や冤罪被害者の皆様に支えられ、市民メディア「ツイートテレビ」を立ち上げ、私も生まれ育った東京を離れ、「生活の党と山本太郎と仲間たち」に習い、心機一転、主人の郷里・徳島にてエネルギッシュで常に現実に向き合い情報発信する生活をしています。
 
 それに伴い「和順庭」と名づけた庭も徳島県へ引っ越しました。



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記号 10000 番号 88352491

■銀行からの振込みの場合
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口座番号 8835249
口座名 服部 和枝

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