この頃思うこと

この頃、「Tokyo Fashion Real Now」として、新宿や渋谷、原宿、池袋といったにぎやかな街を訪ねているが、日本が世界に誇れるファッションやレストラン、ショップなどの通りがつくれないだろうかと思う。ニューヨークのタイムズスクエアーや札幌の大通り公園のような広々とした誰もが憩える通りは東京では無理としても。

銀座のような高級ブランドなどの並ぶようなところは、どこの国に行ってもあるが、もっと安くてもセンスがよくて、おしゃれなショップの並ぶ、そんなところはどこだろうか?

景気が冷え込んでいるからそんな場合ではないかもしれないが、アメリカのニューヨークへ行っても、日本はひけをとらないと思った。あらゆる年齢層がショッピングだけでなく、楽しめるような場所。

 ショッピングモールのようなのではなく、日本の観光庁が日本をPRできて観光客をよびこめる世界に誇れるようなところがつくれないだろうか?

東京でもいいし、成田空港近くとか、場合によっては被災地あたりを国が一括買い上げ、計画的に日本が世界に誇れる観光都市(京都のようなのとは別に)をつくっていく。

勿論、放射能をとめなければならないし、とめても住民の安全の保障が得られないなら、住民は他の土地へ地域ごと移転し、その場所を国の責任で食の安全を徹底したところへ何年かかったとしてもよみがえらせるような計画も考えられるのではないだろうか?


などというとりとめもないことをこの頃思っている。


 アップせずにあった写真の整理をしていたら、絵を見に行ったときのがそのままになっていた。涼しくなってから、絵を見に行ったり、シンポジウムにでかけたり、その帰りに元大阪高検公安部長三井環さんを囲む会で三井さんとご一緒したり、とすごしている。

また、市民メディアに取材をさせない(DVD販売のためという理由で)シンポジウムや講演会に行ったが、主催者の事情とはいえ、内容も公開されないから他からの情報などによって内容に進展がなく、会員だけの閉鎖的な集団にどどまっており、何の魅力もない。

市民メディアは、市民がよりよく生き、その命を守るために、得た情報はすべて公開し、ブログにも貼り付け、情報拡散できる。

それが、市民のためなら、一刻を争うなら、著作権を盾に国民の命を守るかもしれないYOUTUBEを、削除してしまうNHKのようなことはしない。

 市民を守る市民メディアは、冤罪に泣いてきた一般の人たちや、小沢氏やその秘書も含めて、これらの人たちが報われ、力を発揮できるときまで、それまでできることを地道に続けていきたいと思っている。


 今日(8・31)もこれから石川ともひろ議員講演会「悪党小沢一郎について」に文京区民会館7時から聞きに行きます。(http://kochi53.blog.ocn.ne.jp/blog/2011/08/post_057e.html ( #Ozawa live at http://ustre.am/sEr9)

 野田政権になって、流れが変わるといいのだが。




 
たまたま通りかかったお店、神宮外苑の「ピーターラビット」の花屋さんでお花を買って。


絵の展覧会で。
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Tokyo Fashion Real Now! 池袋 サンシャインシティ Ikebukuro

Tokyo Fashion Real Now! 池袋 サンシャインシティ

ファッション雑誌のような非現実的なものでなく、東京のファッションの今の実態をレポートします。

ぶらり池袋駅からサンシャインシティへ
移動観測
2010/08/29 PM 5:00




池袋 サンシャインシティ 定点観測

定点観測
2010/08/29 PM 6:00



浜岡原発を停止した海江田候補に期待する!

 民主党代表選については、

「民主党代表選:国民を被爆させた閣僚たちの立候補」
http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-1379.html
の所でも書いたが、民主党の代表が日本の国の首相にもなるのだからと、各候補者のインタビューされるのを聞いてみた。

 まず、外相だったときの外交のまずさから、前原候補は脱落。この人を首相に据えたら日本が危機に陥ること間違いなし。さらに、財務しか見えない野田候補も論外。この震災対応が叫ばれている時に、財政しか頭にはないようだ。

 各候補者の受け答えを聞いていると、経験からどれにもそつなく答えているのは鹿野候補。頼りになる印象。馬淵候補も好感が持てる。

しかし、あえて誰か一人というなら、やはり海江田候補だろう。政権交代から国民との約束が実現されぬまま震災を迎え、現執行部の責任が問われ、民主党を親小沢と反小沢と二分して争わせ、民主党をガタガタにしてしまった菅内閣にあって、涙を見せながらも筋を通してきたその姿勢は、前原・野田候補とは違う。

また、民主党の危機に、民主党の信頼回復をするためには、蚊帳の外に置かれてきた親小沢派の力なくしては不可能である。多くの冤罪者の名誉や社会的信用、権利回復のために民主党がこれから進むには、親小沢勢力が反小沢派をうまく取り込みながら、挙党一致体制へ戻さなければならない。それができる候補は、今のところ海江田万里候補しかいないだろう。

 まず、浜岡原発を止め(手柄は菅さんに持ってかれたが)、原発停止へのすばやい対応を見せた。苦しい立場に置かれ、板ばさみになりながらも、貫くところは貫いて、精神的にもかなりのストレスだっただろうが、きっとそれはこれからの政権運営に何らかの意味をなしてくるだろうと思われる。そして、それはさらに脱原発・自然エネルギーへの転換へ道筋をつけてくれることだろう。

海江田候補に期待するというより、眠らされてきた民主党の勢力が目覚め、一丸となって、国民のための政治や被災者の立場に立ったスピーディな対応がなされることに期待して、海江田候補の総理誕生と、それがきっかけとなり流れが変わることを願わずにはいられない。

 鳩さん、亀さん、いきなり海江田候補誕生に向けての流れを変えることのないよう、お願いしますネ!


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ロイター


浜岡原発、地震発生確率高く他とまったく異なる=海江田経産相

http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-20987520110509


[東京 9日 ロイター] 海江田万里経済産業相は9日、政府による浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)の運転停止要請を中部電力(9502.T: 株価, ニュース, レポート)が受け入れたことについて会見し、浜岡原発に大規模津波が襲来するおそれがあるとの切迫性という特別な状況を踏まえたとし、他の原発は切迫した状況にないと説明した。

文部科学省などの調査で、30年以内に大規模地震が発生する確率が8割以上と高いことを重視したとしている。
 すべての原発を対象にした安全対策の確認結果から、現在運転中の原発の運転継続や、定期点検などで停止している原発の運転再開は安全上、支障がないことを確認したとし「確認の結果は、国として責任持つ」と述べた。

 浜岡原発も耐震・安全対策は適切に講じられ、法令上の安全基準を満たしているが、文部科学省の地震調査研究推進本部の長期予測では、マグニチュード8程度と想定される東海地震が30年以内に発生する可能性が87%と高く「きわめて切迫している」(海江田経産相)と指摘。


これに東南海地震が連動する可能性もあるとし、「他の発電所とまったく異なる環境下にある」と分析し、「(浜岡原発の)特別な状況を踏まえたものであり、耐震性能自体を問題視するものではない。他の原発は切迫した状況にあるものではない」と強調した。

 浜岡原発も、2─3年かかるという防潮堤の設置など、中長期的な対策が完了し、原子力安全・保安院が確認すれば「再起動に十分な安全性を備えることになる」とした。

 海江田経産相は、中部電力が政府の要請を受け入れたことについて「多くの困難があったと思うが、迅速に対応していただき深い敬意を表する」と表明した。

 (ロイターニュース 平田紀之;編集 吉瀬邦彦)

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浜岡原発停止「要請」会見を総理に奪われた海江田経産大臣、意地の発言「停止は自分が決めた」


http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0514&f=business_0514_050.shtml

 5月6日夜、菅総理は緊急会見を行ない、浜岡原発の全面停止を中部電力に「要請」したことを発表した。中部電力側はいったんは回答を保留したが、9日の臨時役員会で、「要請」受け入れを決定した。

  当初かtらこの停止要請は、「英断」だとか「スタンドプレイ」だとか、賛否両論が飛んでいたが、霞ヶ関では、発表直後から「原発政策の所管大臣である海江田経済産業大臣を外して、何で菅総理が会見したのか」との疑問の声が上がっていた。一部では、海江田大臣の「憤懣」や、彼を労わる同僚閣僚の発言も聞こえてきたが、9日の記者会見で、大臣自身がその「経緯」について詳しくこう語った。

  (浜岡原発停止を)いつ決めたかということでございますが、3月の末からずっとこの問題については頭を離れたことはないということは事実でございます。そして、その上で実際に5月5日になりますか、現地に行きまして、そしてそこで見て、そこから帰って、十分これは私の中で本当に苦渋の選択と申しますか、それをしたわけでございます。日付は12時をまたいでおりましたか、1人になってよく考えて、そして翌日になって、菅総理とご相談をして、そして菅総理もそういう判断だということでございますので、総理から発表があったわけでございます。

  海江田大臣は、あくまでも所管大臣の自分が、熟慮の末決めた、だが大事なことなので、総理にも相談したが、総理も同じ考えだったので、発表は総理に委ねた、という答えた。つまり、決定したのはあくまでも自分だと強調している。記者会見で、記者がさらに「議論を地元や電力会社としたのか」と聞くと、大臣はそれには直接答えず、さらにこう述べた。

  これは文書を見ていただければわかりますが、私からのお願いでありますので、命令とかということではありませんで、お願いでありますので、その意味ではまず私自身の判断としてお願いをさせていただいたということであります。

  ここでも「私自身の判断として」ということを繰り返し強調している。総理記者会見への「憤懣」がにじみ出ていると見ていい。事実、その後の記者とのやり取りでも、次のような発言が見られる。

  まず私自身1人になって、よく熟慮をしなければいけませんから、熟慮に熟慮を重ねて、そして総理ともご相談をしなければいけない事柄だと思いましたので、総理ともそれはじっくり時間をかけて議論をさせていただきました。かなり長い時間お話をさせていただいて、総理のお考えもしっかり聞かせていただきました。

  一月の内閣改造では、選挙区のライバルである与謝野馨氏に経済財政担当大臣のポストを奪われ、「玉突き」人事で経済産業大臣に追いやられた格好の海江田氏。そこに原発事故の発生で、責任を一身に浴びせられる立場に置かれたわけだから、「総理のお考えもしっかり聞かせていただきました」位の「イヤミ」を言いたいのも分かるというもの。(情報提供:日本インタビュ新聞社=Media-IR)

TOKYO Fashion Real Now! 東京ファッション 原宿ウォッチング 

ぜんぜんファッション感覚や芸能情報0の服部さん発想の実験的な試みで、一種の生態学調査、とのこと。

 でもビジネスにつながるのでは、との期待があるようで、はてさて、どうなることやら。

Tokyo Fashion Real Now! 原宿ウォッチング

ファッション雑誌のような非現実的なものでなく、東京のファッションの今の実態をレポートします。


TOKYO Fashion 東京ファッション 原宿 竹下通り 移動観測
2010/08/27 PM 6:00
Tokyo Street Style

Harajuku Takeshita Street
at Moving point



TOKYO Fashion 東京ファッション 原宿 竹下通り 定点観測
Tokyo Street Style

2010/08/27 PM 7:00




TOKYO Nescafe ネスカフェ 原宿 Harajuku
http://nestle.jp/brand/cafe/shop.php#a01


 このお店は気に入りました。
かなり広くて、落ち着いた、ネット環境も整ったカフェでした。
ブレンドカフェも280円と安いですよ。
ネスカフェのアンテナショップだからやれるんでしょうね。


民主党代表選:国民を被爆させた閣僚たちの立候補

 民主党の代表立候補者として挙がっている人達のほとんどが、国民を被爆させた現閣僚のメンバーだが、これら候補者に代表の資格があるだろうか?閣僚は放射能飛散のデーターを掴みながら、国民に公開して非難や退避させる義務を怠った。

ドイツからの飛散データーシュミレーションは、ネットでは情報として得られ、できるだけその日は避難するとか、屋内にいるとかマスクをする(どれだけの効果があるかは疑問だが)とか身を守ることはできたはずで、マスコミ・政府はその情報を隠蔽し、多くの国民が被爆した。被災地や首都圏では、この放射能が飛散した日、子供の手を引いて給水の列に並んだり、何も知らずに普段通りの生活をして、市民が被爆したこともわかってきた。

 私が選挙で脱原発を訴えた3月頃は、既存メディアの刷り込みにより、真実の報道はされていなかった。この時には、ネットでは子供や乳児への食べ物の注意も言われていたし、私も街頭で何としても区民に知らせなければと連日訴えた。しかし、反応は冷ややかだった。

 国民から受信料を取りながら、国民を守る報道をしないNHKの責任は重い。受信料を取るだけとって、国民を守れないことについて、どのように考えるのだろうか?不払い運動より受信料返還請求運動でもしなければ、目覚めさせることなどできないだろう。いや、それでも無理かもしれない。

 民主党代表選にあたり、今まで民主党を親小沢・反小沢と二分し、反小沢勢力で政治を牛耳り、この体たらくなのだから、国民を被爆させた責任を取り、この菅内閣退陣後の政権は親小沢勢力で行ってみてはどうだろうか?

 政権交代のときに国民に約束したマニフェストは、菅政権で無きに等しいものとなってしまったが、このときの民主党に帰り、自らの権力誇示のため口先だけ「挙党一致」というのではなく、真の挙党一致実現のため、今まで眠らされていた親小沢勢力が中心となり、国民の生活のための政治を実現していってもらいたいと思っている。

代表選にあたり、内閣を一新し、国民に約束した政治を行える民主党の信頼回復の最後のチャンスとして、小沢元代表を中心に運営できる体制を築き、悪人としてレッテルを貼り、政治生命を失わせ、社会的に抹殺しようとした真の悪人を糾弾し、多くの冤罪に泣く被害者のためにも報われる政治をしてもらいたいと思っている。

 代表選について書かれている「週刊 上杉隆」の記事を挙げてみた。 

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「戦犯」たちによる代表選が始まる――菅内閣の閣僚たちに首相の資格はない

http://diamond.jp/articles/-/13710
 戦犯たちによる代表選が始まる。日本では「犯罪者」たちが政権をたらいまわしにしようとしている。

 3.11の東京電力福島第一原発事故以降、菅内閣は、東電の情報隠蔽を追認し、放射能事故の対応を誤り続けるという失態を繰り返してきた。その結果、多くの国民が被曝し、世界に対しては、日本という国家の信頼を損なうことになった。

 福島の子どもたちの多くが汚染に被曝し、7万人を超える住民がいまなお自らの土地と家を失ったままでの生活を余儀なくされている。

 何の罪も無い善良な国民を、不幸のどん底に叩き落した東京電力の事故の責任は重い。


原発事故の発生当日、
緊急冷却装置が人為的に停止!

 
川内博史、原口一博両衆議院議員の粘り強い調査の結果によれば、事故発生当日、福島第一原発の緊急冷却装置の電源が人為的に3度にわたって切られていたという。この信じがたい行為自体は、政府も、東電も認めている。問題は、なぜ、そのような愚かな行為をしたのかということだ。

 装置を止めたのはあるひとりのオペレーターによるものだが、仮に、そうしたことをしなければ、メルトダウンも、メルトスルーも、その後の放射能の拡散も防げたかもしれない。

 それを考えれば明らかな人災、いやもっといえば犯罪である。言葉は強いが、テロ行為に匹敵する悪行である。

 原口氏、川内氏は、繰り返しその理由を問い合わせている。にもかかわらず、この数ヵ月間、明確な回答は得られていない。

当初の東京電力の言い訳は、急激な冷却は、原子炉に危険を及ぼすという頓珍漢なものだった。実際は、そうしたことを回避するためにプログラミングがなされており、人為的な作業は不要なのである。

「私は、では、その緊急冷却装置の作業マニュアルをみせてくれと言ってきているんです。マイナス55度になるから止めた、というのは合理的な説明にならない。仮にそんな緊急装置であれば、日本にあるほかの原子炉も危険ということになる。説明が矛盾しているんです」

 原口氏はこう語る。

 ひとりのオペレーターによる作業ミスが、日本に、いや人類史上最悪の原発事故をもたらしたとなるとやりきれない。それが事実かどうかを判断する上でも、菅内閣の面々こそ、当事者として調査をするべきではないか。

 また、東京地検特捜なども、このときこそ、東京電力への捜査、少なくとも証拠の保全を行うべきではないか。


前原前外相は
菅内閣の「戦犯」筆頭格

 
誰一人責任を取ろうとしない原発事故を横目に、民主党代表選が行われる。そこに並ぶ候補予定者の名前は、信じがたいことに、戦犯ともいうべき人々である。

 前原誠司前外相は、菅内閣の「戦犯」の筆頭格である。

 国土交通大臣として八ッ場ダムでしくじり、JALの対応で力を発揮できず、さらには尖閣ビデオの対応で、国家を裏切るような誤りを犯した。

 さらに、外相としても、外国人やフロント企業からの違法献金という「政治とカネ」の最たる問題で辞任、政治家として責任を取ると宣言したばかりだった。

 もっといえば、民主党代表時代の偽メール問題でも、ライブドア元社長の堀江貴文氏との裁判に負けたにもかかわらず、前原氏だけからは謝罪のことばすらない

 責任を取らず、責任から逃れ、責任を転嫁する彼のいったいどこが首相に相応しいというのか。

 そうした彼の癖はまた、情報公開に逆行して、記者会見を縮小させたことと無関係ではない。彼の隠蔽体質は記者クラブメディアと共通するところだ。

 3.11以降の発災以降、何もせず、何も発しなかった政治家だけが、マスコミの餌食
とならずに済むのはそのためである。

 その前原氏は、マニフェストの見直しを訴えている。マニフェストは国民との契約のはずだ。

 ところが、日本では、なぜかそれを取り消そうとする勢力が持ち上げられ、約束を守ろうとする政治家が責められる。まったくもって理解に苦しむ限りだ。

 もはや民主国家の体をなしていない。


菅内閣の閣僚たちも「共犯」
世界は原発事故の収束を注視

 
鹿野道彦農林水産大臣は、放射能の拡散を予測して農家や漁民、そして畜産家に適切な対応を指示できなかった日本の食文化の破壊者である。

 次から次へと農産物を出荷停止にさせたばかりか、発表の遅れによる国民への内部被曝を誘発させてしまった。国民の食を預かる大臣としては失格である。にもかかわらず、彼が首相候補になることに異論はないという。

 海江田万里氏は、経済担当相として失政を繰り返してきた。なぜ、東京電力に騙され続け、原発事故の対応を遅らせ、多くの国民を被曝させた「犯罪者」が首相になれるというのか。

 財務大臣であった野田財務大臣も同様に資格を持たない政治家だろう。なにより、原発事故という最も喫緊のテーマを語ろうとしないのだ。それで「増税」や「大連立」を語っても説得力は無い。

 なにより国民の最大の関心事は、放射能の飛散状況であり、それにともなう内部被曝による自らの健康と生活がどうなるかの一点である。

 原子力マフィアのはびこる日本では鈍感な者が多いのかもしれない。だが、世界は、「増税」にも「大連立」にも注目していない。

 注視しているのは、日本政府が対応をしくじった原発事故をどう収束させ、どう国際的な賠償を贖うかにしか関心が無いのである。

 そうした意味では、菅内閣に関わった者はすべて人災を起こした「戦犯」である。犯罪者は責任を取らなければならない。

 共犯関係にある民主党議員が愚かな選択をしないことを祈る。

アメリカ・カナダを旅して思うこと  4、 観光立国となるために

4、 観光立国となるために

 アメリカを旅行することは、日本の何年後かを先取りしてみる事のできる楽しみがある、と、同行した服部さんは行きの飛行機の中で言っていたが、実際に行ってみると、アメリカの生活がずば抜けて進んでいるというよりも、日本の技術や生活様式のほうが進んでいるという印象を受けた。

今までめざましく、常に時代の先端を行っていたであろうアメリカが、この何年かは停滞し続けているという印象だった。ニューヨークもそれほど時代の先端を行っているようにも思えなかった。

アメリカでは、どこへ行っても、ウオッシュレットなど見かけることはなかったし、交通システムや駅の改札など、日本の方がよっぽど進んでいた。

 ビバリーヒルズの高級住宅街に行ってみたりもしたりして富裕層の住むところなども通ったが、サムプライズローンの破綻をはじめとし、経済が不安定な今のアメリカでは、貧富の差が日本よりも激しく、ホームレスなども随分見受けられた。アメリカでもカナダでもカートに生活用品一式を入れて、移動して歩いたりしている。ただし、日本と違うところは、実にあっけらかんと駅のホームなどにも入り込んで、堂々と「金くれ!」というところだ。

 今までの日本はそれほど貧富の差がなく、アメリカに比べれば大きな政府だけあって、医療制度も社会保障も、進んでいるように思われた。移民などにより、多種多様な人種がひしめきあっているアメリカでは、経済も暮らしも不安定のようだ。

経済破綻により、それまで乗っていた車を手放し、バスや電車を利用する人口が増えても、車に依存していた交通システムは、日本に比べても遅れが目立っていた。かと言って、自転車やバイク・電動自転車などを利用する人達もあまりいなかった。自転車は専用レーンで、スポーツとして存在するようだった。

 スーパーなどは、日本とそれほど変わらないが、お惣菜からデザートまで何種類も並べられているところから、好きなだけ自由に器にとり、それをレジに持っていくと、重さで代金を払うというシステムがあった。

また、かなり高価な肉やあわびや海老などを、客の目の前で調理し、出来上がった料理を家庭で温めるだけというコーナーもあった。仕事をしている主婦にとっては、高いかもしれないが料理をしてくれたものをそのまま持ち帰れるという便利さがあった。これからのスーパーはそのようになるのかもしれない。

 一ヶ月滞在というアメリカ・カナダ旅行もあっというまに終わり、帰ってくると留守の間にできずにいたことや、お中元などやらねばならぬこともあり、また、旅で撮った写真の整理やYOUチューブをブログにアップすることに追われ、ほとんどブログも更新できぬままだった。

旅行では、日本で使っていた携帯が使えず、ブログにアップすることもできなかったから、帰国してからが大変だった。大量の写真やビデオなどの整理に、記憶をたどりながら机に向かう日が続いた。

 一ヶ月ほっぽり放しにしていた和順庭は、帰国して行ってみると道に草が生い茂り、入れないほどだった。



しかも、帰国後は涼しかったものの、このところの猛暑に草取りは困難を窮めた。


昨日(8/20)も日暮れまで草取りをして花火を眺めて帰って、鏡を見ると、あっちこっち蚊?に刺され、お岩さんのようにまぶたが腫れ上がってしまった。





 写真の整理とブログ書き、和順庭の草取りの間を縫うようにして、御巣鷹山の慰霊登山・慰霊祭取材、横須賀の佐藤栄佐久前福島県知事と上杉隆さんのシンポジウム取材、自由報道協会の市民メディアの取材などをこなしている。

情報を待っているだけでなく、取りに行くことは難しいが、できるだけのことはしてみたいと思っている。情報が得られれば得られるほど、テレビは見たくなくなる。記者クラブからの情報を待っているだけの記者が流す情報だけでは、国民を守れない。そんな記者なら経験も何もいらない。誰がなっても何ら変わらない。

 また、旅行に行きたいと思うほど、今度の旅行では得るところがあった。懐が豊かだったら、すぐにでもまた行きたい所だが、今度はいつ行けるだろうか?若ければまだまだ先があるが、体の自由が利いて、長旅に耐えられるのはいつまでだろうか?日本に帰ってほっとしたら、世界中を見てみたいという贅沢な思いが湧き上がってきたのが不思議だった。

日本が観光都市として誇れるようになるためには?

2で書いた「観光都市バンクーバー」http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-1376.htmlを、ぜひ参考にしてもらいたい。そして、私の一ヶ月のこの旅行で外国人旅行者の立場から、どのようにすれば日本の国で旅行者ができるだけ不安なくすごせるかを、思いつくまま、まとめてみた。

・できるだけ案内(掲示やパンフレット、地図など)は、いろんな言語(英語、中国語、韓国語など)で用意する。

・駅や空港などには、改札やゲート出入口付近に案内所や職員をおき、切符購入など日本語だけの場合は職員に聞けるようにする。券売機などもできるだけ多言語とする。
 (飛行機・電車・バスなどの切符の購入が大変だった。)

・レストランのメニューは、文字だけでなく写真や絵などで、どんな料理が出てくるのかがわかるようにする。(日本語だけでなく英語などもいれておく)

・ホテルを出て、駅に着いたら、切符を乗り継ぎのたびに買わなくてもすむように、バス・電車(モノレール、私鉄・JRを含む)などどれにも乗れる一日乗車券を用意する。
 できればそれをホテルなどで買えるようにする。観光案内図や一日乗車券などホテルや空港の案内所に用意して、何でも聞ければ安心。

・お金を利用するのが困難なので、日本のお札やコインなどについての説明がかかれたものがあれば、さらに便利。

・持っている携帯など日本で必ずしも利用できるとは限らないので、困ったときの対処法(電話や交番や警察への通報など)について、教えられるようにしておくこと。

・日本への入国審査が許可された人に、困ったときにはどうすればいいかについて書かれた文書などを渡す。

・いつでも困ったときに聞ける案内所の電話番号や場所の地図を、配布する地図や観光案内図、一日乗車券などに書いておく。


すでにメトロでは、このような取り組みが始まっていたので、参考に挙げてみた。

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東京メトロのご案内がよりスマートに! 平成23年8月18日

「iPad」を活用したご案内サービスの拡大
≪サービスマネージャー配置駅の全てで本格導入! 8月22日(月)から≫


平成23年8月18日

東京メトロ(本社:東京都台東区 社長:奥 義光)では、平成22年12月1日(水)から銀座駅と表参道駅の2駅で「サービスマネージャー」によるお客様へのご案内サービスに「iPad」を試験的に導入してきましたが、好評のため、平成23年8月22日(月)から、他のサービスマネージャー配置駅12 駅(上野駅、日本橋駅、新橋駅、九段下駅、日比谷駅、有楽町駅、六本木駅、新宿駅、池袋駅、大手町駅、東京駅、飯田橋駅)に「iPad」を活用したご案内サービスを拡大いたします。

これまで「iPad」を試験導入した2駅では、1日のご案内のうち、約半数で「iPad」を活用したご案内を行っています。主なご案内は、「画面拡大機能を活用した路線図や周辺地図、駅構内図でのご案内」や「東京メトロ各路線の直近の運行状況のご案内」などとなっています。

お客様からは、「文字が大きく見えて路線図などが分かりやすい」「目的地に向かう列車の運行状況が分かるのでとても助かる」などと好評を得ています。さらに、「iPad」を取り扱うサービスマネージャーからも実感として「お客様からとても喜んでいただき、ご案内の幅が広がった。」との意見が多く、「iPad」導入の成果を確認できました。

これらの結果から、「iPad」を活用したお客様へのご案内を全てのサービスマネージャー配置駅で本格導入し、よりスマートに、より充実したご案内を行ってまいります.


「サービスマネージャー」とは

高齢のお客様や地下鉄に不慣れなお客様に安心してご利用いただけるよう、平成16年4月から開始した東京メトロのご案内サービスです。
日中の時間帯(10:00~17:00)に、お客様のご利用の特に多い14駅で、改札口、きっぷうりばの近辺を中心に、駅構内を移動しながらお客様のご案内に努めています。


「iPadを活用したサービス事例」

・路線図による行き先のご案内
・地図の拡大・縮小による駅周辺のご案内
・東京メトロ各路線の直近の運行状況のご案内
・東京メトロアプリ、メトロタッチなどのアプリを活用し
たご案内
・外国語通訳サービス(英語・中国語・韓国語)
「iPad」を使用したご案内

アメリカ・カナダを旅して思うこと 3、フリーダムからワンワールドへ

3、フリーダムからワンワールドへ
 
 今度の旅の目的の一つに、あの9・11のワールドトレードセンターを訪ねるということがあった。このワールドトレードセンター(世界貿易センタービル)の跡地へ行くと、あの飛行機が突入しなかったが破壊された第7ビルはすでに新しいビルに生まれ変わっていて、中心となるフリーダムタワー(現在はワンワールドトレードセンタービルと呼んでいる )の建設も、9月11日の式典に合わせて、着々と進んでいた。



ここで服部さんは妙なことに気がついた、と言った。
みんなフリーダムタワーと言ってるのに、実際は随分前に、公式名はワンワールドへと変わっている。最初は国民の間では自由の象徴として「フリーダム」が使われていたのに、いつのまにか政府側は正式名を「ワンワールド」にした、と言う事を知らないのかも、と。また奇妙な形にも気がついた。6つの三角形を上下に組み合わせて設計されたビルで、上面と下面は四角なのに、その途中は6角形になっていて、真上から見たら6角形のビルに見えるだろう、と言うのだ。
市民のための独立メディアセンターIndependent Media Centerが、
実は「666 Broadwayにあって、Jewish Pink というユダヤ市民団体がはいっていて、結局、その財団がサポートしていて、何かとユダヤの人は6が好きな感じで、何やらこのタワーにもユダヤのにおいを嗅ぎつけたようだ。

 さて工事中でどのような所になるのかはわからなかったが、最近報道陣に公開された広場は、かつてあった二つのトレードセンターのビル跡が四角い池になり、その壁面は滝の流れとなっているという。その四方に犠牲者の名を刻むという。

 ワールドトレードセンターへ駅から行く途中、郵便局へ寄って日本への絵葉書を投函した。この郵便局の荘厳な建物は、あの第7ビルがぴったり隣接していたのに、無傷なまま残っていた。この郵便局を傷つけることなく、どうやってあの第7ビルが破壊されたのかも、不思議なことだった。




あの9・11で破壊されたビルの周囲を巡り、工事中だとはいえ、こんな狭い所に、あの双子のビルが建てられていたのかと思った。ツインタワーの設計が日本人であったことも初めて知った。
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「ウィキメディア」からの引用によると、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%89%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC_(%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AF)

『かつてワールドトレードセンターは、「ワールドトレードセンター・コンプレックス」という5万人の勤務者と1日20万人の来館者のあるニューヨーク最大のオフィス/商業センターであった。

コンプレックスは1WTCから7WTCまでの7つのビルによって構成されたが、特にその中心であったツインタワー(1WTCおよび2WTC)は完成時に世界一の高さを誇り、2棟の巨大な直方体が並び立つ姿はニューヨーク市やマンハッタンのシンボルとなっていた。日本で単にワールドトレードセンタービルといえばこのツインタワーのことを指した。

2001年9月11日の9/11テロ(アメリカ同時多発テロ事件)によって崩壊して以降は、「グラウンド・ゼロ」又は「ワールドトレードセンターサイト(跡地)」という呼び名が定着している。

現在は、1 ワールドトレードセンター(註)を中心とした新ワールドトレードセンターが建設中である。
             (中略)
設計にはコンペの結果日系アメリカ人建築家のミノル・ヤマサキの案が選ばれ、敷地の大部分を低層ビルや公共の広場(プラザ)とし、隅に二棟の直方体 (63.4m × 63.4m × 415m) の超高層ビルを建てるという建設計画案が1964年に発表された。』

(註)http://ja.wikipedia.org/wiki/1_%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%89%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC
1 ワールドトレードセンター (英語:One World Trade Center) は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン区のアメリカ同時多発テロ事件で崩壊したワールドトレードセンター跡地に建設中の超高層ビルの名称。以前はフリーダムタワー(Freedom Tower)と呼ばれていたが2009年に名称変更が決まった。2013年完成予定。
              (中略)
ワールドトレードセンター跡地で進行中のWTC再建計画は、「1 WTC(en:One World Trade Center)」など5つの超高層ビルとツインタワー跡地の慰霊場、地下の商業施設、パストレイン・ニューヨーク市地下鉄・バスターミナル等のターミナル施設などからなる。そのうち最も高い「1 WTC」の高さは、アメリカ独立の年にちなみ1,776フィート(約541m)(本体は約415m、尖塔部分含め約541m、延べ床面積約24万m²)である。

__________________________

 このワールドトレードセンターの工事を眺めるように、道を挟んで教会があり、工事の音や人や車の灼熱の雑踏の中で、そこに植えられた木々だけが木陰をつくっていた。そこに眠るいくつかのお墓は犠牲者のものだろうか?この教会はそのまま破壊されることなく残っていた。

このあたりで眺めていると、9・11の資料や写真集を買わないかと声をかけられた。それを日本円にして1000円ほどで購入することになった。

慰霊の気持ちで訪れても、9・11までは工事中のビルを眺めることぐらいしかできない。それでも、ぐるっと周囲をまわりながら眺めようと歩き始めたが、不思議なことにある所まで来ると、ぞくぞくするような寒気に襲われた。鳥肌がたつような震えがして、不思議な感覚にふと辺りを見回すと、9・11で亡くなった消防士の慰霊のレリーフがあった。

この時は何か後ろ髪を引かれるような思いを持ちながらも、さらに歩を進めた。周囲のビルの中に入ると、9・11の経験者が語り部となり、当時のことを話されていた。何人もの人達がとりまき、聞いていたが、私には話される英語があまりよく理解できなかった。

広島・長崎の原爆のことを海外から来た人達に伝えるとき、どんなに理解する気持ちがあっても、言葉が通じなければ、正しく伝えることができないであろうことにも思いが及んだ。できるだけ多くの言語通訳があれば、より伝えようという思いが伝えられることだろう。

 これは、あらゆることに言える。レストランで注文しようとメニューを見る。材料名などが列挙されていても、それがどのような料理として出てくるのかは検討がつかない。写真でもあれば、わかる。

国際化ということで、外国からの旅行者を受け入れようとするなら、まず言葉が違っていてもわかるような配慮をすることが、何より求められると思った。言葉が通じなくても、写真や絵など聴覚だけでなく視覚からも理解できるようにするなどの工夫があれば、その心遣いは必ず通じることだろうと思われた。

 この時は工事中のビルのまわりをまわることでそのまま帰ったが、私はなぜかあのときの鳥肌がたつ思いは何だったのだろうか?と考え始めていた。

そのとき、あの日航機墜落の御巣鷹山へ登ったときのことを思い出した。やはり途中で、震えと山中がすすり泣いているような無言の訴えを感じた。この時は事故について何の疑問も持っていなかったし、この日の山道は雪も残っていたので、雪による寒さからかと自分にも言い聞かせて帰った。

私には、これといった霊感があるとは思えなかったから、このときはあまり気にもとめなかったが、あの御巣鷹の山のすすり泣きはいつまでも多くの墓標とともに蘇り、何かを訴えずにはいられないのではと思い始めた。

それからこの日航機墜落のことを調べ始め、「日航機墜落の真相」http://wajuntei.dtiblog.com/blog-category-6.htmlとしてブログに書き続けた。服部さんも「日航機墜落の真実を求めて」というサイト
http://nvc.halsnet.com/jhattori/nikkou123/に書いている。

 なぜ墜落後すぐに救助に向かわせず、自衛隊員を待機させたのか?なぜ、墜落位置は特定でき、米兵が救助寸前まで行きながら、命令で引き返したのか?など、あらゆる疑問が解けぬまま残った。ただ、はっきり言えることは発表されているような事故ではないということだ。

このワールドトレードセンター跡地で感じたものは、そのときのような山のすすり泣きではなかったが、その後ずっと私の中でひっかかっていた。そして、このままでニューヨークを離れ、ロサンゼルスから帰国する気持ちにはどうしてもなれなかった。

 ニューヨークを去る前日、私は再びこの地を訪れることにした。あのときにこの場所で感じたことが、私の中でしだいにはっきりしはじめていた。この9月11日のセレモニーに向けて着々と準備が進む中で、ビンラビィンの死亡により、このことはすでに終わったこととして、この事件そのものに蓋をされてしまうことへの悲しみのようにも思えた。

あの御巣鷹山で眠るに眠れず成仏できずにいる犠牲者たちの無言の訴えを風がはこんだように、今この地で亡くなられた多くの犠牲者の霊が何かを訴えているようで、どうしてもそのままこの地を立ち去る気持ちになれなかった。

あの消防士たちのレリーフのある場所の柱に、天国にいるであろう犠牲者たちへ書いた絵葉書を結びつけた。「いつも、一握りの権力者のために日常の生活とご家族の幸せを奪われ、犠牲になるのは普通の市民。亡くなられた方々のことを私も、日本の人々も決して忘れません。」という趣旨のことを記した。



この日訪れたときもやはりあのときと同じ、身震いがした。ただ、このことで私の気持ちは少し静まった。そして、この前訪れたときには気づかなかった工事現場の通路のようなところにある有料の事故の模様を展示した仮設の記念所のようなのがあることに気づいた。

入ってみると、事故の再現フィルムや遺品などが並べられていた。犠牲者へのはがきなども用意されていたから、ここで書けば保存されるのだろうが、私のくくりつけた所では、何か置いても撤去されるとの通告がされていたので、すぐに取り除かれたかもしれない。

有料でしか犠牲者へのメッセージが伝えられないのがアメリカらしかったが、私はそれだけはいやだと思った。この人達は、死して有名になろうなどとは決して思わなかっただろう。

それよりもできるだけ自分の人生を、子や親や恋人や夫婦で過ごしたかっただろうと思った。日常の平凡ではあるが悲しいことも楽しいことも経験しながら、もっと生きたかっただろうと思った。

どんな盛大なセレモニーよりも、弔辞よりも、真実を解明し、二度とこのような悲劇を繰り返さないで欲しいと願っているはずだ。これら故人の思いをかなえるためにも、事故原因の究明が残された者にとってできることであると思わずにはいられなかった。

 今年の9月11日、装いを新たにしたフリーダムタワーは、慰霊の地として生まれ変わるはずである。厳かに盛大にセレモニーが執り行われる。そして、この事故が過去の出来事として、アメリカは動き始める。

しかし、この地で亡くなられた方々は、私に「これで終わりにしないで、真相を伝えて」と言っているようだった。私は私なりにこれからも調べていくことを約束して、この地を去った。

そして、8月12日御巣鷹山へ行った。慰霊登山では、あの時私が感じたようなすすり泣きは感じられなかった。何かが、亡くなられた方々の死してなお死ねずにいるあの必死の訴えが、少しずつ真実に近づきつつあるように思えた。あの眠れずにいる多くの霊がやっと眠れるようになったように思えた。あとすこしでたどり着けるようにも思えた。

 初めて「すげの沢」へ行った。こんなにも墓標があるとは。涼しく吹き抜ける風に、この沢のあたりに事故後多くの生存者がいたこともわかるような気がした。

慰霊祭も中継して、どんなに死後弔われても、あの事故を境に人生が変えられた人達がいる、真相究明以外に弔う道はないとはっきり思えた。

 アメリカでは、この9・11以降、愛国法の制定などで、自由に発言することが難しくなってきているように思える。市民メディアへのインタビューでも、このことには敢えてふれようとしないところが感じられた。

このまま終わっていくのだろうか?私に訴えたあの思いを無駄にしたくはないとの気持ちを新たにした。そして、できればまた9月11日には、この地を訪れたいと思ったが、とてもそれだけの経済的ゆとりはない。しかし、あの通り過ぎようとした私に必死に訴えかけてきた眠れずにいる人達へ、私の思いをいつか伝えたいと思っている。

             (つづく)

アメリカ・カナダを旅して思うこと 2、観光都市バンクーバー

2、観光都市バンクーバー
 
 外国人旅行者にとって、カナダのバンクーバーという都市の徹底したサービスや案内には驚かされるばかり。

バンクーバーオリンピックが開催されたということもあるからか、切符を買うのにも、日本語の案内があったり、空港の入国審査を終えて、ゲートを出ると、ホテルのフロントのようなホテルやバンクーバー観光について聞ける大きな観光案内所や、「?」というマークのある案内所があり、どんなことも聞けるようになっている。これだけでも、バンクーバー、さらにはカナダという国が好印象で受け止められることは間違いない。


「?マーク」の案内所は、この動画にあります。



世界で一番住みやすい国というのも、うなずける。空港のゲートを出て、カナダの国に入ったとたん、すぐに何でも聞けるところがあり、これによって旅行客は、不安がなくなり、この国によって守られていると感じる。こじんまりした都市の中に、山あり、海あり、本当に美しい都市だった。森林を利用したキャピラノ渓谷は、自然を壊さずにその魅力を充分伝える工夫がされ、これは日本の観光地も取り入れられると思った。


 荷物がなくなるというハプニングへも、空港職員が探して、ホテルへ届けてくれるという。さらに空港の観光案内所では、ホテルのある場所は、危険な所にあるから絶対あたりを歩かず、タクシーでホテルまで直行するようにも言われた。食事も空港で済ませていくというアドバイスも受けた。

アメリカの空港は、合理化され、機械処理がほとんどで、尋ねようと思っても聞ける人がいない。戸惑う観光客の姿も随分見られた。アメリカの航空会社は、バスや電車の駅と同じように思えた。

それに比べて、カナダの空港はどこでどんな困ったことがあっても、聞ける航空職員がいる。バンクーバーからニューヨークへ移動する日、服部さんがホテルの鍵を空港まで持ってきてしまうということがあった。

ホテルに電話すると郵送するように言われた。空港に送迎しているようなホテルでは、いつも空港に誰かは来るのだから、観光案内所に預けておくように言うのが普通だろうと思えたが、このホテルは、そのようなホテルではないし、空港職員からもあまりよい印象を受けていないようなホテルだった。

だから、郵送するようにと言ったのだろう。案内所で、郵便局を聞くと、空港地下にセブンイレブンがあり、そこへ行けという。その場所を聞くのに、通りかかった空港職員に尋ねると、セブンイレブンはただポストがあるだけだから、郵便を出すのは、空港から出て、郵便局に行かなければならないという。この時間はやってないという。

困り果てていると、その職員のピーターさんが事情を尋ね、話をするとホテルまで届けて下さると言う。搭乗時間が迫っている中、このご好意に甘え、お礼もそこそこにゲートに入ってしまったが、このときほど人の優しさが身にしみたことはない。このときのピーターさんと服部さんのやりとりは、何ともいえぬ漫才を見ているようなおかしみがあり、不安でどうしようかと思っていた私にとっては、バンクーバー空港の職員の暖かさに、最後の最後までバンクーバーのすばらしさが印象に残った出来事だった。

ピーターさん、ありがとうございました。

 1のところで書いた、バンクーバー空港のUSエアウエィズの職員で日本語で応対して下さった愛さんといい、ピーターさんといい、アメリカのようなお金でサービスが得られる国とは違う充実したカナダの観光客への対応に、バンクーバーが世界一住みやすいと言われる理由もわかったような気がした。

カナダでの入国審査の所にいた中国人職員に中国人と間違えられてか、いきなり中国語でまくしたてられ、どなりつけるようなその失礼な態度にあまりいい感じがしなかったが、その後の多くの空港職員たちの観光客を思う対応にそのときの不安はすっかり消え、この国への印象もすっかり変わったのだった。

 
 ロサンゼルスから成田に着いて、成田空港を見たとき、何とも無機質な冷たい空間のように思えた。壁の色などにもよるのだろうか?着いた時間が遅かったせいもあるのかもしれないが、バンクーバー空港の暖かな落ち着いた雰囲気からすると、なんか寒々としているようだった。「?」のコーナーや案内所もあるのだが、何かどこかバンクーバー空港の暖かさとは違うように思えた。

 また、バンクーバーでは、シーバス(船)などの券売機にも日本語があり、驚いた。切符を買うことがとても大変だっただけに、これにはとても救われた。

また、空港から出ているカナダラインというモノレールや、シーバスなどで改札も、切符をチェックされることもなかった。入るときと出るときにチェックする日本と比べれば、実におおらかといえた。

京都の人が観光客に親切なように、バスの運転手さんも、観光客とわかると無料パスをくれたり、とても親切だったが、ホームレスが乗ってくると厳しく対応し、もめるとすぐ警備員がかけつけたのにも驚いた。

 アメリカやカナダでは、乗車運賃は駅ごとではなく、大きく3つに分けられていた。ニューヨークの地下鉄は、今まで書いたように、土日は工事で運休になったりしても、それを知らせる掲示すらない駅もあり、待たされるだけ待たされた挙句に運休と知らされることもあった。

駅の構内もホームも蒸し暑く、人でごったがえし、改札も旧式の機械で、切符の磁気が読み取れず、つっかえることもしばしばだった。ニューアークペンステーションからワールドトレードセンターまでのパストレインという地下鉄の改札だけが、日本の改札と同じようで、これは公営の港湾会社の経営だからか新式の改札で時間にも正確だった。

ニューヨークの列車アムトラックのこともすでにニューヨークの所で書いたけれども、ニューヨークペンステーションで列車を待っていても、入る直前になってもどこのホームに入るかが確定せず、大勢の乗客が構内で待機し、発表になると、ゾロゾロとホームへ移動してゆくのにもびっくりした。

しかも、この待っている場所が暑い。日本のような交通システムに慣れていると、とても耐えられないのだが、みなこんなものだと黙って耐えていた。

 ニューヨーク市内観光バスの猛暑対策をしない赤バスのひどさや、ロサンゼルスの公営バスに待たされることについてもすでに書いたが、やはり日本と違って、この広いアメリカでは、車のないバスや電車を利用する者は、貧しい者と位置づけられ、これら人々はただただ待たされることに耐えている。

ニューヨークの人と車がごった返す喧騒を、ある人が戦後の混乱に似ているといったが、ここでは信号に従う人が皆無だった。混乱の街ニューヨークは暑く、いるだけで疲れ、ニューヨークからロサンゼルスに着いたときにはなぜか人心地着いたようだだった。

ただ、セントラルパークでは蛍が見られたのは感激で、夜もとても治安がよかった。サイクリングをしたり散歩をしたり、都会のオアシスだった。

 旅のハプニングは、トランクがなくなっただけでなく、飛行機の乗り継ぎでのれなかったということもあった。

ネットのエクスペディアの予約では、時間さえ合えば発券予約してしまう。乗り継ぎのための搭乗移動や荷物検査やボディチェックの時間など考慮されてはいない。その結果、乗り継ぎ時間20分で、フェニックスで乗り継ぐというチケットで搭乗することとなった。

このエクスペディアでの予約の注意もさることながら、フェニックス空港では、それにデルタ航空職員のいい加減な対応により、不安のどん底に突き落とされるということにもなった。

ロサンゼルス空港からバンクーバーに移動する日。朝、9時前にロサンゼルス空港にホテルから着き、ほとんど空港職員がいない中でのデルタ空港での機械での発券に手間取りながらも、なんとか無事搭乗。

直行便が高いので、どうしても乗り継ぎ便になってしまう。どうしてこんなに航空運賃は高いのだろう。運賃の他に燃油代というのが、同じぐらいかかってしまう。格安航空に殺到するのもわかるような気がする。同じアメリカなのにロサンゼルスからニューヨークでさえ、片道乗り継ぎ便で5万円以上する。もっと安ければ、気軽に旅行もできるのに。ただ、安くて安全でないのは困るけど。

フェニックス空港で、航空職員に聞いて何回もパスポートと航空券を見せなが指示を受けて別のゲートへ案内され、荷物検査やボディチェックも済ませて、搭乗しようとすると搭乗口がなく、別のターミナルだと気づいて全力疾走したが間に合わなかったことは、「フェニックス」の所で詳しく書いた。

http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-1353.html

しかも、搭乗口の戸が閉められたデルタ航空のあたりには職員は誰もいず、聞くに聞けず、飛行機にも乗り遅れ、見知らぬフェニックスという砂漠の町に取り残され、途方に暮れてしまった。治安の悪い所だったらどうしようと思うと、恐怖感はピークに達した。幸いにも治安のいい所と聞き、ほっとしたものだった。

この私達にホテルや翌日の航空券などの手配をしてくれたのは、デルタ航空ではなく次に搭乗するはずのアラスカ航空の職員だった。この日、フェニックスとシアトルで乗り継ぎ、バンクーバーへ行っているはずだったのに、フェニックスという見知らぬ町に取り残された私達の事情を聞いて、とりあえずのホテルや残されたトランクを探してくれたのもアラスカ航空の職員で、デルタ航空の職員はどこにもみかけなかった。

デルタ航空とアラスカ航空は、提携しているから手配してくれたということはあるかもしれないが、飛行機が飛び立っても、トラブルはあるはずで、デルタ航空の職員はどこを見渡してもいないというのも不思議だった。

 行きの成田からロサンゼルスから搭乗したシンガポール航空に対する不信感は帰りのシンガポール航空の日本人スチュワーデスのすばらしいサービスで払拭されたが、このデルタ航空に対する度重なる失態と不信感はいつまでもいやされず、どんなに安くても、デルタ航空には乗りたくないと思ってしまう。

自分の国を離れ、異国の地にいると、ちょっとしたことで不安にもなり、感激もする。この旅を終えて、日本の駅の切符売り場などで困っている外国人を見かけたら、まわりの人のちょっとした心遣いで、日本への印象も変わるものだと、何か力になってあげられればと思っている。

                       (つづく)

アメリカ・カナダを旅して思うこと 1、日本が見える

1、日本が見える

 約一ヶ月に及ぶアメリカ・カナダでの滞在は、私にとってとても意義深いものとなった。なにより、日本という国が海外でどのような現在立場にあるのか?日本という国をこれほど思ったことはなかった。

今まで親戚とハワイに行ったことはあっても、この旅はあまり気乗りのしない旅で、当時仕事をしていて疲れきっていたせいもあり、楽しいと思うようなこともなかった。

 だから、旅だつまでは不安もあった。日本を離れて一ヶ月近くも暮らせるのだろうか?という思いを持ちながら、成田を出発したのだが、日本に帰ってしだいにまた旅に出たいと思うようになった。

子育てを終え、仕事から解放され、この年になってやっと自分の時間が持てるようになった。アメリカに行って、やはり旅をするなら、若い時に行っておくべきだと思った。

それをきっかけに生き方も変えることができる。もっと若ければ、可能性も拡げることができる。国際化の時代、これからの若者は多くの国の人達と交流して、見方や生き方の幅を拡げることが求められていく。

文法英語だけでなく、その時々の使われている言語を理解することも求められてくる。アメリカを旅して、移民のスパニッシュやメキシカンの使う英語を聞き取る力も求められてくる。

 日々の生活から、日本語やまわりにいた日本人がいっさい消え、その中に身を置くと、私にとっての日本が見えてくる。世界の中に置かれた日本の国や日本人が見えてくる。

戦後生まれで、戦争も知らない私にとって、平和な国に身を置いていたのだとつくづく思った。どんな国の人とも、どんな人種の人とも、人権を尊重してつきあっていくという戦後の憲法に守られて、民主的な教育を受けて、今まで来た。

平和な国に育っていたということが、とてもよくわかった。平等で、誰もが納得できるようなサービスの中に身を置いていると、アメリカのようなある意味サービスはチップによって左右されるような国は、慣れるまではとても疲れる。

まあ、アメリカンドリームと言われるように、白人だろうが黒人だろうが、移民だろうが、ガムシャラに働いて大金持ちになれる国、小さな政府と言われるように、何もかもがお金の有る無しで決められていく、それは医療制度や社会保障などのアメリカより整っている日本に比べて、お金だけが自分の身を守るものと位置づけられる所以なのだと思われる。

年を取ってこのような国にいたら、やはり不安になると思う。かつては、白人の下働きをしていた黒人が、この旅行で見る限りは同等、時には逆転している場合もある(大統領も黒人だから、アメリカでの黒人に地位は今までにないくらい強固なものとなっているのかもしれない。)。白人のホームレスや下働きの者なども随分見かけた。

また、現在のアメリカでは、移民のスパニッシュやメキシカンが下働きをしながら、経済を支えているのも事実だ。常に、競争させられ、リストラに脅かされ、その座を移民に譲らなければならないときが来るとも限らない。この不安をなくすためには、ある地位まで上りつめ、経済力を持たなくては、アメリカで自分の身や家族の生活を守ることはできない。

 ジュースや切符を買うのもカード。何から何までカードの支払いの国では、どれだけ一日に支払ったかを知るのも難しい。カード破綻、ローン破綻などに陥ることになる。大学近くのセブンイレブンでは、ビザやマスターのついたカードも売っていた。

日本のように、多額の支払いにはカードを使っても、日常生活では現金で支払い、お財布の中にどれだけあるかを把握できるほうが、よっぽど健全だと思った。

ただ、アメリカでこのようだと、日本の若者の多くが、カードによる借り入れをカード会社や銀行でし、知らず知らずのうちに返済できなくなるという悲劇に陥っていることがかなりあるのではないかと思われる。このように自分でコントロールできなくなるように、若者を取り込む、破綻を招かせるような制度は、見習うべき制度ではない。

かつては、質屋にこっそり人目を忍ぶようにして行ったり、悪名高いサラ金のように、危険だと認識されていた時代は、お金を借りるのすら勇気のいることだっいたかもしれないが、今のように銀行の中にあるカード会社で簡単に借金ができたり、返済ができたりすると、罪の意識を持つこともない。借金が借金を生み、その地獄から抜け出すことすらできなくなる。

 現代社会に眠る、この暗部について、もっと警鐘すべきだと思わずにはいられない。大学の学生証にまで、ビザや、マスターまで付けるようになったら、富裕層だけが学ぶ大学でない限り、これはまだ未成年者もいる大学では絶対避けるべきである。(こんなことまで心配するのは過保護だろうか?アメリカでは何でも自己責任だが。)

________________________________

 この旅行で、特に感じたことは、昨年から日本からの旅行者が減り、観光バスでの日本語のガイドもなくなり、日本人の姿が見られなくなったということである。

東日本大震災により、住む家すら奪われた人達のことを思うと、旅行どころではない。住む家があり、家族が無事であるという日常の幸せがあるだけでも喜ぶべきで、今このようなときに海外旅行なんて、と、どこか後ろめたい気持ちもあることも事実である。

 しかし、だからこそ震災のことも原発のことも知らせて、日本だけに終わらせたくないという思いもあった。原発というのが、ひとたび事故を起こせば、停止することができても、燃料棒は冷却し続けなければならない。つまり、完全にコントロールすることはできず、人類が制御することのできないものを、稼動させてしまったということになる。

原発利権にむらがる人達にとってはなくてはならぬものかもしれないが、多くの命を奪い、子供の将来を奪う、この危険な原発の事故に対して、誰が責任を負うことができるのだろうか?国民の命を守れぬものなら、安全なものに変えることなど誰に言っても、当然のことである。

 いまだ止めることのできない原発を、推進したり、再稼動しようとするのは国民を犠牲にしても、自分の地位を守りたかったり、利権の上にあぐらをかきたいと思っているからに他ならない。こんな知事や議員、大臣は絶対に認めてはならない。

ましてや、今の内閣は国民を被爆させ、将来にわたって子供たちに不安と恐怖を植え付けた犯罪人である。情報を国民に知らせることを怠った政府とマスコミは厳しく糾弾されるべきで、それなくしてこのような事態を繰り返させなくするということの保障はない。被爆させたことを、国民は決して許してはならない。本来なら、法廷に引きずり出され、裁かれるべき人達なのだ。

中でも、菅首相の責任は重いということを知るべきである。そして、それはアメリカに住んでいる日本人からの即刻の退陣を求める声からもわかる。

 民主党政権になり、菅政権のしたことと言ったら、大韓航空機爆破犯のキムヒョンヒの日本招待ぐらいしか思いつかない。そして、日本の経営のスーパーや企業が、韓国や中国の経営にかわり、どこへ行っても、中国や韓国に進出はめざましく、それに比べ、日本は震災をはじめとして、どんどん国が弱体化していっているように思われる。

日本料理のお店や日本人向けのスーパーに行っても、日本人の姿はなく、日本語も通じない。どこへ行っても見かける中国人や韓国人からすると、本当に日本人の存在すら見えないというのが、旅行中を通じての感想だった。

 震災でわかったように、原発で苦しむのは、いつも市民である。私達は、情報すら与えられず、無政府状態に等しかった。既存メディア以外から情報を得た者だけが身を守れ、テレビや新聞の既存メディアだけから情報を得た者は、被爆させられたというのが実情だった。

 東京にある被災地の観光案内所に行って、被災地の資料や品物を買い込み(食糧は放射能検査で安全という保証がついてなければ買えないので、ストラップなど)、ロサンゼルスの日本の祭りで被災の実情や原発を知ってもらうために置いてきたり、ニューヨークのJAPAN BLOCK FAIR /EMEMT INCへ寄付したりしてきた。

 原発は、日本だけの問題ではない。世界中で取り組むべきことである。空も海もつながっているのだから。人類を滅亡させるものは、断じて認めるべきでない。核と同じだといえる。核廃絶を世界へ向けて訴えたオバマ大統領こそ真っ先に取り組むべきであり、被爆国日本は絶対再稼動は認めるべきでない。いらなくなった核燃料を買い、原発に再利用することは即刻辞めるべきである。

被爆国日本は、原爆同様、今度は原発で世界に向けて発信していくべき立場に置かれた。被災地日本にとっては、身動きの取れる者が、自分の思う方法で、誰に命令されるのでもなく、訴えなければならないと思った。

 どこへ行っても世界で活躍する日本人は優秀で、どこの国にもひけを取らない人種だとこの旅行を通してわかった。スチュワーデス、航空会社の受付、レストランの店長など、その仕事ぶりは群を抜いていた。特に、サービスにおいては、世界に誇れると思った。 

帰りのシンガポール航空の乗務員に日本人スチュワーデスが一人いただけで、機内がきびきびとし、陰ながらの助言だからなのか、感じの悪かった中国人乗務員まで見違えるようになり、誰もが気持ちよく機内ですごし、私の旅も楽しく終えることができた。

また、USエアウェイズのバンクーバー地上乗務員で日本語が話せる「愛」さん(名札に確か書かれていました)の心配りで、手続きもとてもスムーズだった。

この場を借りて、お礼を言いたいと思います。ありがとうございました。

このアメリカで利用したUSエアウエィズの乗務員は、スチュワーデスなどみなかなりのお年寄りだったり、男性乗務員がスチュワーデスと同じ仕事をしていたりと、それまでの乗務員の概念を覆された。

 しかし、ベテランの応対は安心ができ、アメリカはリストラの国と思っていたのが、どこへいっても年をとった女性なども堂々と仕事をしていた。そのような職場はとても安定しており、リストラがないのか、あっても経験がキャリアとして生かされている。リストラされたら行き場のない日本とは大違いだった。
 

 旅行を通じて、多くのアメリカ・カナダの方々に助けられたのも事実。アメリカ・カナダで、道を尋ねたり、わからないことを教えて下さった方々へも、お礼の気持ちでいっぱいです。特に、黒人はとても親切だった。これらの人達なくしては、私の旅は無事終えることはできなかったでしょう。

 異国の地で、人がいず、機械だけだったら、とても対応できなかった。日本語の説明がなく、切符を買うのにも、なにをするのにも、戸惑うばかり。近くに人がいるから、聞いて何とか乗り越えられたということばかりだった。どんなに機械化されても、旅行者にはアドバイスできるような人がいないかぎり、対処できぬものです。


                          (つづく)
                      

帰国

いよいよ帰国。搭乗を待っている間、飛行機をパチリ!






 29日の午後4時頃、帰国の途に着いたが、成田に着いたのは30日の午後7時近く。実際に乗っているのは、9時間ほどだったが、途中日付変更線を通り、何日だか何時だかわからなくなった。

行きのシンガポール航空での機内食で、私だけが周りが食べ終わる頃になっても食事が来ず、やっと来たと思ったら、残り物の寄せ集めのような食事で、しかもメニューにあるのに、何品か足りず、出るはずのデザートもなく、屈辱で食べる気にもならなかったことがあり、帰りに乗るのも気が重かったが、シンガポール航空の日本人スチュワーデスが担当だったこともあって、細やかな心遣いに、海外で働く日本人の活躍を願わずにはいられなかった。

日本人の経営者の店は、日本人オーナーがいれば、従業員がスパニッシュでもメキシカンでも、日本のお店と同じようなテキパキとした動きになる。それほど日本のサービス精神は世界に誇れるものだと思った。

そして、アメリカで利用したUSエアウエィズの乗務員は、スチュワーデスなどみなかなりのお年寄りだったり、男性乗務員がスチュワーデスと同じ仕事をしていたりと、それまでの乗務員の概念を覆された。




 しかし、ベテランの応対は安心ができ、アメリカはリストラの国と思っていたのが、どこへいっても年をとった女性なども堂々と仕事をしていた。そういう職場は、とても安定しており、リストラがないのか、あっても経験がキャリアとして生かされている。リストラされたら行き場のない日本とは大違いだった。

成田に着いて、思ったより涼しかったのにはびっくりした。我が家で眠りについたと思ったら、寝ている間の地震に、これが日本に帰ったということだと思った。

乗ってきたシンガポール航空


プロフィール

和枝

Author:和枝
 高校教師をやめ、ガーデニングのブログを書くうちに、気づいた小沢問題の陰に潜むマスコミや検察の腐敗をブロガーたちと追究し、小沢一郎氏の無罪判決を得ることができました。

「和順庭の四季おりおり」と題したブログの時から御支持いただいた真実を追究する仲間や冤罪被害者の皆様に支えられ、市民メディア「ツイートテレビ」を立ち上げ、私も生まれ育った東京を離れ、「生活の党と山本太郎と仲間たち」に習い、心機一転、主人の郷里・徳島にてエネルギッシュで常に現実に向き合い情報発信する生活をしています。
 
 それに伴い「和順庭」と名づけた庭も徳島県へ引っ越しました。



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記号 10000 番号 88352491

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口座番号 8835249
口座名 服部 和枝

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