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9 日航機墜落の真相は? *やはりミサイルか?当日の目撃




「INTEC JAPAN BLOG」(2007年09月20日)もまたミサイル攻撃があったとしています。

『●JAL123便ミサイル撃墜の証拠と証言(EJ第1076号)
 それでは、JAL123便に対して、どのようにしてミサイルが撃ち込まれたのでしょうか。

そのあたりの状況について説明しましょう。
 JAL123便が墜落する前に、次の3機の自衛隊機が周辺を飛行していたのです。
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          F-4EJ戦闘機 ・・・・・ 2機
          F-15J戦闘機 ・・・・・ 1機
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 JAL123便を御巣鷹山方面に強引に誘導したのは、2機のF-4EJ戦闘機です。

しかし、JAL123便に対してミサイルを撃ち込んだのは、あらかじめ、在空していたとみられるF-15J戦闘機なのです。

F-4EJとF-15Jは、ともに米国が開発した要撃戦闘機ですが、F-15JはF-4EJの後継機です。添付ファイルに写真を付けてあります。
 
そのときJAL123便は、何とか山中に不時着しようとしていたと考えられるのです。

山への不時着ですから、ほとんどは絶望的ですが、かなり多くの生存者が出ることも考えての機長の判断であると思われます。

機長をはじめとする操縦クルーは、何が起こっているのかが一番よくわかっていたと思われます。

そのため、1人でも多くの生存者を出したいと考えたのでしょう。
 
 しかし、それを隠蔽しようと考える側からすると、少なくとも操縦クルーは生かしてはおけないと考えるはずです。

そこで、F-15J戦闘機は、JAL123便が稜線を越えて、人目につきにくい山かげに入るのを見極めて、2発のミサイルを発射したのです。

このとき要撃戦闘機とミサイルの航跡を地上から目撃されないように稜線を縫うように実に巧妙にJAL123便の後部にまわり、ミサイルを発射しています。
 ミサイルは、赤外線追尾方式であり、1発目はJAL123便のエンジン部分に命中したとみられます。

ミサイルの爆破エネルギーは機体の前部と中部を貫通し、その付近の乗客・乗員を機内で粉砕したのです。JAL123便は右旋回しながら、火に包まれながら、真っ逆様に急降下したのです。

これを確認して要撃戦闘機は、2発目のミサイルを発射し、とどめをさしています。
 
しかし、JAL123便の最後の様子は、地上からかなり多くの目撃情報があるのです。

墜落事故の翌日、8月13日の埼玉新聞の見出しは、「夕やみに“火の玉”」とあります。

埼玉県浦和市に住む住民と長野県の川上村住民は次のようにいっています。
---------------------------------------
      マンションのベランダから西空を眺めていたところ、突然雲の
      透き間から太陽が射すようなオレンジ色の閃光を見た。双眼鏡
      で覗くと両側から青、真ん中から赤い光を発した大型機が北の
      方に消えた。       ――浦和市に住む住民の目撃証言

      
      埼玉方面から飛んできた飛行機が赤い炎をあげ、やがて黒い煙
      を残して南相木村の群馬県境に消えた。――長野県川上村住民

      
      ゴーンという音をさせながら、航空機が低く飛んでいた。長野
      山梨、埼玉県境の甲武信岳方面から飛んできて上空を右に旋回
      して北東の方に行った。まもなくして、雷が落ちるようなバリ
      バリという大音響がし、二度ほどパッパッと光った。そのうち
      ネズミ色のキノコ雲が上がった。墜落したなと思った。
                        ――長野県川上村住民
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 垂直尾翼を破壊されても、エンジンには支障のない飛行機が火を吹くはずはないのです。

しかし、「オレンジ色の閃光」「赤い炎」という証言があり、「パッパッと光る」という証言まであるのです。

ちょうど事故の日に、上野村の民宿に泊まっていた東京の会社員も「神流川上流の山あいがピカピカと二度光った」と証言しています。
 
「パッパッと光る」と「ピカピカと二度光った」については、ミサイル弾がJAL123便に命中したときの閃光と考えることができます。

ミサイルが空中で爆発するときは、ミサイルに装填されている火薬が一挙に爆発するために、空気中の分子と猛烈に衝突を起こすのです。

そのさいに空気と摩擦を起こし、ちょうど稲妻に似た放電現象が起きるのです。それが、ピカッと目撃された閃光と考えられます。

けっして、墜落したときの閃光ではないのです。
 
長野県南相木村中島地区の住人3人の証言に次のようなものがあります。
---------------------------------------
      
      飛行機が飛んで行った後から、流れ星のようなものが近くを飛
      んでいるのが見えた。――長野県南相木村中島地区の住人3人
---------------------------------------
 
 ここで「流れ星のようなもの」とは明らかにミサイルの航跡であると考えられます。
 

 機体がミサイルで爆破されたのではないかと思われるもうひとつの証拠と考えられるのは、乗客・乗員の遺体の損傷があまりにもひどかったということです。

 520人のうち、本当にきれいな遺体は10体程度といわれています。
 とくに機体の前部については、飛行機らしい形をとどめておらず、アルミホイルを千切ってばらまいたようになっているのですから、遺体もただの肉片になってしまっているのです。

山に激突したとはいえ、あれほどにはならない――と専門家もいっているの
です。

それでいて、機体後部の乗客・乗員のそれは粉砕されていないのです。生存者も機体後部から見つかっています。
 

 それに機体前部では、歯や肉片といえども遺体が発見されていないケースも多々あったといわれています。

おそらくミサイルの痕跡を示す遺体はすべて自衛隊の特殊部隊によって持ち去られたのではないかと考えられます。・・・[御巣鷹山事故の謎/23]

                      

2007年09月19日
●情報統制の4原則というものがある(EJ第1075号)
 
EJ1063号において、池田昌昭氏の説として自衛隊機によって御巣鷹山方向に誘導されたJAL123便は、自衛隊機の発射したミサイルによって撃墜されたと書きました。恐ろしい仮説です。
 
その痕跡を隠すため自衛隊---というより日本という国家がとっくに墜落場所が判明しているのにもかかわらず、「捜索中」ということにして、一晩時間を稼ぎ、その間に現場に特殊部隊を投入して都合の悪いものをすべて持ち去ったのです。

墜落後数時間は、多くの生存者がいたとされているのに・・・です。
 
このようにいったら「そんな馬鹿な!いくら何でもそんなことはあり得ない!」と多くの人はいうでしょう。

当然のことです。私も当初はそう考えました。

しかし、いろいろな資料を調べてみると、「そういうことがあってもおかしくない」と考えざるを得ないことが判明してきたのです。
 

JAL123便の場合、日本の自衛隊と米軍は、巡航ミサイルの共同開発を進め、こともあろうに、日本の上空でその飛行テストをしていたところ、その飛行物体(火薬の入っていないミサイル)が垂直尾翼に衝突してしまったと考えられるのです。
 
それが原因でJAL123便の機体は大きなダッチロールをしながらも、機長は何とか機体を立て直し、横田基地へ着陸態勢を整えたのです。

もし、このまま横田基地に着陸して垂直尾翼の破損の原因がわかってしまったら、自衛隊は大ダメージを受け、内閣は確実に吹き飛んでしまったでしょう。
 
そういうとき国家が何をやるかについては、JAL123便墜落事故以降の17年間にわたる日本国としてのさまざまな対応を見れば、われわれはよくわかっているはずです。

北朝鮮に拉致された日本人が大勢いるのに、長い間に何もしなかった外務省、責任をとることを恐れるあまり、たとえ国益を損なっても、ひたすら省益を守るために汲々としている官僚たち――そういう国家の対応を見ていれば、民間機JAL123便に対して行ってしまった大きなミスを何が何でも隠蔽しようとすることは、残念ながら、火を見るよりも明らかです。
 
国家の情報統制には、次の4原則があります。
---------------------------------------
        第1原則:けっして分からないように巧妙に行うこと
        第2原則:核心を衝く情報については即座に否定する
        第3原則:本当に近い情報に対しては徹底無視をする
        第4原則:マスメディアを違った方向に誘導すること
---------------------------------------
 第1原則は、当然のことですが、けっして証拠を残さないということです状況証拠でいくらいっても決め手にはならないからです。

そして、人から人へと「意図的」情報を、「意図的」であるとわからないかたちでひそかに流し、状況証拠を否定するよう務めることです。
 
第2原則は、核心を衝く情報が出てきたときには即座に否定しま「そんなバカな!」とか「イイエ、ソンナことは絶対にあり得ない」と即座に一蹴することです。そして、情報源に対して手が打てる場合はひそかに手を打つ努力をするのです。
 
第3原則は、第2原則を実施しながらも真相に近い情報が出てきたときは、徹底的に無視して、そのウワサが収まるのを待つということです。「人の噂は75日」を決め込むのです。けっしてまともに取り上げないのです。

第4原則は、事前に練りに練って作り上げておいたシナリオにしたがって、虚偽情報が節目、節目で登場するように情報操作を行うことです。そして、何種類かのダミー文書を流し、マス・メディアが「違った」ことをするように仕向け、ことを真相から遠ざけるようにするのです。
 

 JAL123便墜落事故に関する情報を分析すると、これらの4原則にぴったりと当てはまるのです。

まず、矛盾が多くある事故調査委員会の圧力隔壁破損説の押し付けがあります。
そして、一部報道機関の事故原因に関する報道の圧縮があり、また池田昌昭
氏をはじめとする、自衛隊関与説に関する主張への徹底的な無視の姿勢も第3原則に沿っています。事件が風化されることをひたすら待っているという姿勢が読み取れます。
 
また、生存者の事故当時の機内状況についての情報の少なさです。大勢の人が亡くなっているのですから、当時の機内の状況を知る生存者の声がもっと伝えられていいはずなのに、最小必要限の情報しか伝わってきていないのです。

これなども生存者に対してその筋から何らかの情報抑制が加わっている――というのは考え過ぎでしょうか。
 
事故の翌日のことです。8月13日付朝日新聞に、「積荷に放射性物質」という記事が出ていたのです。事故翌日の朝刊のメーン記事は、事故現場特定の確認記事です。

読者の一番知りたいのは日の暮れかかった山間部にJAL123便がなぜ行ったのかという解明なのに、どの新聞もふれていないのです。
 
なぜ「積荷に放射性物質」なのでしょうか。記事の結論は、「人体への影響はない」と締められているのですが、あたかも、事故現場への早期立ち入りができなかったことへの言い訳を代弁しているようにも読み取れるのです。
・・・ [御巣鷹山事故の謎/22]
  


2007年09月21日
●火を吹きながら飛んでいたことは事実か(EJ第1077号)
 
 JAL123便が火の玉となって墜落したという証言に対して事故調関係者は、それは山に激突したときの火の玉であるといっているようです。

ことの真相の判断に重要なので、墜落直前のJAL123便の様子を伝える証言を昨日と一部重複しますが、出典をより正確に記述して掲載しておきます。
---------------------------------------
      「飛行機が飛んでいった後から、流れ星のようなものが近くを
      飛んでいくのが見えた」 ――南相木村中島地区住人3人――
      8月13日付、読売新聞朝刊

      「7時(19時)頃、真っ黒い煙をあげながら、群馬県境の山
      中へ墜落した」 ――川上村鶴田汪さん――13日東京新聞朝刊

      「飛行機が赤い炎を上げ、やがて黒い煙を残して南相木村の群
      馬県境に消えた」 ――川上村中島初代さん――13日朝日新聞

      「扇平山と神立山の交差する稜線の向こう側(南相木村側)に
      消えた。その直後、ピカッと閃光が上がり、続いて炎が燃え上
      がるのが見えた」 ――川上村井上薫さん――『週刊プレイボー
      イ』11月26日号

      「だれかが光るものが飛んでくる、と叫んだ(中略)山の向こ
      う側に真っ赤なキノコ雲が立ち上がった。それは数秒で消えて
      2つ目のキノコ雲が現れた」 ――川上村加藤隆志君――9月7
      日付、毎日新聞朝刊

      「西空をながめていたところ、突然、雲のすき間から太陽が射
      すようなオレンジ色のせん光を見た。双眼鏡でのぞくと、(中
      略)大型機が北の方へ消えた」――埼玉県浦和市吉岡功治さん
      ――8月13日朝日新聞朝刊
-----------------------------
 これらの証言を見る限り、「火を吹きながら」飛んでいたことは間違いないと思われます。

少なくとも山に激突したときの閃光ではあり得ないのです。』
 
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プロフィール

和枝

Author:和枝
 高校教師をやめ、ガーデニングのブログを書くうちに、気づいた小沢問題の陰に潜むマスコミや検察の腐敗をブロガーたちと追究し、小沢一郎氏の無罪判決を得ることができました。

「和順庭の四季おりおり」と題したブログの時から御支持いただいた真実を追究する仲間や冤罪被害者の皆様に支えられ、市民メディア「ツイートテレビ」を立ち上げ、私も生まれ育った東京を離れ、「生活の党と山本太郎と仲間たち」に習い、心機一転、主人の郷里・徳島にてエネルギッシュで常に現実に向き合い情報発信する生活をしています。
 
 それに伴い「和順庭」と名づけた庭も徳島県へ引っ越しました。



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口座名 服部 和枝

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