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ぺそ和順庭に眠る


ありし日のぺそ






2010年2月19日、ぺそが永遠の眠りにつきました。
いっしょに暮らした8年の間、ぺその存在にどれだけ私は励まされたことか。
ぺそは、いつも私に寄り添っていてくれました。
天に召されてはじめてその存在の大きさにまだ心の整理もつきません。


今日になってやっとぺそのことを書こうと思えるようになりました。
子ウサギのときに息子が拾ってきてから、私の生活の中にはいつもぺそがいました。
出かけて帰ってくると飛び出してきて、私を迎えてくれました。
白内障からいよいよ目が見えなくなり、餌をたべることができなくなっても、抱いて食べさせると、猫のようにのどをごろごろいわせて一生懸命お話しています。

そんな子ども返りしたようなときも、餌を食べさせて寝ているときは私はブログをするいうような日が続きました。
ぺそとブログの日々が日課となる生活が10日ほど続いて最期の夜は、添い寝して夜中に水を飲ませたり、明け方冷え込む頃には、床暖房を強めにしたり。

動物病院の先生から「もっても夕方までです」と言われて、家に帰ると我が家がわかるのか、安心したようで、寝たまま水を飲ませると、ごくごく飲み、しばらくすると息づかいが荒くなり、けいれんをしたように手足を動かして、逝ってしまいました。
最期の最期まで「ぺそ!」と呼びかけると、鼻をつんとつきだしてうなづきます。


餌が食べられなくなり、食べさせるようになってから、来る日も来る日も、食事や水や排泄などかきとめた日記

9日からつけたぺその記録は19日で終わってしまいました。



安らかで、きれいな本当に高貴なぺその表情に私はとても救われました。


ぺそといっしょに通った和順庭への道。
いっしょに和順庭に向かうのもこれが最後です。

私がガーデニングをしている間、ぺそは白菜の間や木陰でのんびり昼寝をし、ときどき寄ってきては、ぐるぐる私の周りを廻って「ぺそ!ぺそ!」と言われるのを待っているようでした。
春の花咲く頃、夏の暑い日、秋のさわやかな日、いつもぺそとすごした庭です。

冬のシーズンオフに体調を崩したぺそは、「春になったら和順庭に行こうね」と言う私の言葉に答えることもなく逝ってしまいました。

「寿命だ」「天寿を全うした」と言われても、やっぱり「ああしてあげればよかった。こうすればよかった」と思ってしまいます。


ぺそのお墓をつくり、うさぎの墓標を置き、極楽鳥の花を立てました。


冬の和順庭は枯れて何もなく、こんな所に置いて帰ることに胸がしめつけられる思いです。
あまりにもぺそとの思い出がありすぎて、どこへ行っても悲しくなります。



ぺそがなくなる日、先週から土日も仕事で休みのなかった友達が、この日に限って休みで、家まで来て、運転していっしょにぺそを病院へ連れて行ってくれたり、私の食事の心配をしてくれたりしてくれて、今でも「ぺそは先週亡くなってもおかしくなかったのに、あなたが休みになってくるのを待って見守られて逝ったみたいね。」と話しています。

私が一人のときだったらうろたえるのがわかっているから、それをぺそは見越していて友達の休みのときまでがんばっていたように思えるのです。それぐらいぺそは私のことをいつもいつも心配してくれていたのだと思えるのです。

亡くなる何日か前から部屋の片隅に行き、頭をつっこむような姿勢をとりはじめていたのですが、これは死期を悟ったうさぎのする行為だと亡くなった後知ったのです。部屋の隅でうずくまるぺそを寒くないようにと毛布の上に連れ戻したことが何回かあり、あの世へ行こうとするぺそを連れ戻したような行為だったと今思えるのです。

ソファに座っていると膝の上にぴょこんと乗ってきたり、食事をしていると足元で寝そべっていたり、留守番をさせられて私が帰るのが遅くなると怒ってオシッコをかけて、「こら!ぺそ!」と呼ばれるようなことをわざとしたりするのです。

息子のベットで寝るぺそ



もう朝ぺそが起こしに来ることも、帰ると迎えに出ることもないと思うと、部屋の中が無機質な冷たい空間になってしまったようです。

和順庭に埋葬した帰り、イオンモール「おらが春」でぺそを偲びながらお蕎麦を食べました。朝から食事らしい食事をしてなかったことにこのとき気づきました。


帰って誰もいない部屋のどこへ行ってもぺそのことが思い出されます。

学校でいじめられていたうさぎを娘がもらって飼い始め、半身不随で寝たきりになったところへ息子がぺそ(オスうさぎ)を拾ってきてソフィ、ペソとうさぎを飼い始めて16年、半身不随のソフィ(ぺその前に飼っていたメスうさぎ)の世話に追われ、とてもぺそをいっしょに飼えないと、京都の女子大に行っていた娘のところへ一時行くことになり、新幹線に乗って行ったぺそ。

こどもの成長と共にぺその人生はあり、娘が結婚し、息子が自立し、私は離婚し、それぞれがそれぞれの人生を歩むようになってからも、ぺそだけはずーっと私の傍にいて、私の喜びも悲しみもぺそとありました。

「ぺそ、今までありがとう!安らかにソフィといっしょに眠ってね」と言うことしか今の私にはできないのです。それが悲しくてなりません。

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プロフィール

和枝

Author:和枝
 高校教師をやめ、ガーデニングのブログを書くうちに、気づいた小沢問題の陰に潜むマスコミや検察の腐敗をブロガーたちと追究し、小沢一郎氏の無罪判決を得ることができました。

「和順庭の四季おりおり」と題したブログの時から御支持いただいた真実を追究する仲間や冤罪被害者の皆様に支えられ、市民メディア「ツイートテレビ」を立ち上げ、私も生まれ育った東京を離れ、「生活の党と山本太郎と仲間たち」に習い、心機一転、主人の郷里・徳島にてエネルギッシュで常に現実に向き合い情報発信する生活をしています。
 
 それに伴い「和順庭」と名づけた庭も徳島県へ引っ越しました。



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口座名 服部 和枝

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