日本の政治を世界の動きから見る。 (1) 米国戦争屋の覇権交代か?

日本の政治や経済を大きく動かす米国戦争屋といわれる米国の軍産複合体(石油財閥、米国内金融財閥含む)系の米国覇権主義者。そのボスであるデビッド・ロックフェラーからジェイ・ロックフェラーに覇権交代するのでは?とみられています。日本の政治を考える上で、この世界の動きを見逃せません。

ジェイ・ロックフェラー

「新ベンチャー革命」ブログから世界の流れについて見て行きます。

新ベンチャー革命

http://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/10034656.html
2010/3/6(土) 午後 2:24日米関係アメリカ情勢 2010年3月6日 No.84

タイトル:
いよいよ米国戦争屋の覇権交代が実現するのか
 


1.米国戦争屋に変化の兆し


 本ブログでは米国戦争屋とは、米国の軍産複合体(石油財閥、米国内金融財閥含む)系の米国覇権主義者を指します。そのボスはデビッドRFです。ちなみに当ブログ管理者からの検閲回避のため記号化しています。

ネット情報によれば、RF一族のオーストラリア在住ハーマンRF氏が今年1月、51歳で殺害されたそうです。デビッドRFジュニア(68歳)にはデビッド後継能力が不足しているせいか、このハーマンRF氏をデビッドは後継者にしようとしていたとネットで言われています。真偽のほどは定かでありませんが。

また昨年9月、RF財閥資産管理会社のCEOジェームズ・マクドナルド氏が自殺しています。RF家で何か変化が起きているような気がします。

さらに2010年2月19日、韓国TK(上記と同じ理由で記号化)のM教祖90歳誕生日祝賀会にオバマ大統領から祝電が届いたようです。

 M教祖といえば、2008年7月、韓国北部のM教祖自宅近くの山中にて自家用ヘリコプター墜落事故に遭っています。教会発表ではM教祖は負傷したが、一命を取りとめたことになっています。しかしながらヘリ墜落炎上という事故状況から助かったのは奇跡的のような気がします。教会の発表した、負傷治癒後のM教祖の写真が合成くさいといううわさは前からネットで飛び交っています。
 
 筆者がワシントンDCを頻繁に訪問していた80~90年代、同地におけるTKの活動は実に活発でした。当時、なぜ韓国TKはワシントンDCで活動しているのか、筆者は非常に疑問でした。TKはブッシュ大統領を含む共和党系政治家、もっといえば米国戦争屋(=CIA=デビッドRF)とつながっていると筆者は理解していました。

ちなみにM教祖夫妻とブッシュ大統領夫妻のツーショット画像はネットにころがっています。安倍元首相の祖父・岸信介元首相(CIAエージェント)とM教祖のツーショット画像もネットにころがっています。そのため、アンチ戦争屋のはずの民主党オバマ大統領がなぜ、共和党系のはずだったM教祖に祝電を打ったのかまったく解せません。

 TKはブッシュのみならず、しっかりオバマにも献金していたかもしれないので、社交儀礼で祝電を打ったのでしょうか。米国の現職大統領の立場で祝電を打てば、かつて安倍首相がTK式典に祝電を打ったときのように、教会側から政治的に利用されるのは自明です。オバマはそのことを承知で祝電を打ったのでしょう。

2.トヨタ公聴会にジェイRF登場

2010年3月2日、米国議会下院の第3回目のトヨタ公聴会にジェイRFが委員長として登場してきました。同氏は、09年1月のオバマ大統領就任式において、まるで背後霊のようにオバマの真うしろに居た人物です。まさに、オバマ大統領誕生の黒幕であるかのように・・・。なお米国きっての知日派ジェイとトヨタのひとかたならぬ関係はすでに本ブログ(注1)で取り上げています。

 オバマを大統領にした黒幕が、いよいよ極東アジア(日中韓)10数億人に向けて顔を売り始めたのでしょうか。もしそうなら、ジェイの傀儡・オバマが戦争屋配下の極東工作機関ボスに祝電を打つのは十分、あり得ることです。

 ジェイにとって父の仇・デビッド(ジェイの叔父、もうすぐ95歳)の死がいよいよ視野に入ったのでしょうか。

3.デビッドRFに恫喝されてきた小沢民主党幹事長


 2007年10月、戦争屋ボス・デビッドRFの回顧録が新潮社から出版されています。その年の11月、デビッドは当時92歳の高齢にもかかわらず、出版記念パーティの名目で訪日しています。確かそのとき天皇陛下にも謁見したと記憶しています。デビッド訪日中に起こったハプニング、それは小沢民主党党首(当時)の辞任騒動でした(注2)。

 ジェイと昵懇(じっこん)の小沢氏は、90年代初頭、湾岸戦争時代よりデビッドから、別途ウラミッション(注3)を実行するよう要求されていました。具体的には第二自民党(米国民主党に相当)の設立による親米二大政党体制の実現というミッションです。そして2007年時点では、日本の政局をみて、たそがれ自民党と躍進民主党の大連立によるオール親米(親・戦争屋)の翼賛体制の構築を要求されていました。

ところが、小沢氏が密かにジェイとのコネを強めていることを訪日中のデビッドが配下の戦争屋ジャパンハンドラー(小沢氏など有力政治家の監視役)から聞きつけ、デビッドの怒りを買ったのです。92歳だからもうすぐお迎えが来るだろうと、なめてかかっていたらとんでもなかったのです。

 このとき、小沢氏は本能的に、殺される!と震え上がっています(注2)。それが唐突な、世にも見苦しい党首辞任劇を生んだのです。

4.デビッドRFにいよいよ肉体的限界が来たか


 さて筆者の身内に医者がいますが、90歳を超えるいかなる人間も94歳ころから、急激に寿命の限界が来るそうです。もうすぐ95歳のデビッドも例外ではありません。彼はNYにあるRF大学医学部(千円札の野口英世のいたところ)から手厚い延命措置を受けているでしょうが、もはや限界でしょう。

 そこで、彼の上記回顧録を振り返ってみますと、デビッドはジョンRF二世の5人の息子のうち五男の末っ子です。普通なら、RF家の莫大な資産を受け継ぐ可能性は極めて低かったのです。

実際、RF家の家督を受け継いだジェイの父(RF三世)は、78年に交通事故死、次男ネルソン元副大統領は、79年愛人宅腹上死、クリントン元大統領の実父・三男ウィンスロップは73年ガン死、四男ローランス(2004年死亡)はお人好しで権力欲なし、そして奇跡的(?)に五男のデビッドに莫大なRF家資産が転がり込むのです。デビッドの番頭キッシンジャーやラムズフェルドの活躍が伺われます。

 この歴史を振り返ってみると、RF三世本家の長男ジェイ(RF四世)が分家のデビッドからRF家資産を取り戻そうと考えるのは当然です。

5.戦争屋の大リストラを期待する


 デビッドRF引退後、彼が構築した強大な軍産複合体(戦争屋)の覇権を誰が引き継ぐのか、その最有力候補はジェイRF(本家RF家四世)を置いて他にはいないでしょう 。デビッド・ジュニアに到底、その器量がないという前提で。

 ところでジェイは現在、ウェストバージニア州の民主党上院議員ですが、NY生まれのジェイがなぜ、ど田舎の議員なのか、ずっと不思議でした。この州の隣がバージニア州です。バージニア州といえば、国防総省ペンタゴンおよびCIA本部が立地しています。つまり戦争屋の本拠地です。

ここの覇権を獲らない限り、ジェイにとって宿願のデビッドへの仇討が完成しないのです。そこで彼は隣接ウェストバージニア州に陣取って虎視眈眈と戦争屋陣地奪還を狙ってきたのです。叔父ウィンスロップRFの隠し子・クリントン元大統領は、叔父デビッドに逆らえなかった。逆らえばJFK(ケネディ)の二の舞でしたから。 

 JFKは戦争屋組織の弱体化(CIAの解体、軍縮、FRB国有化)を狙ったため60年代、戦争屋の放った殺し屋に暗殺されました(見せしめの公開処刑)。
 
ところで、戦争屋のおもしろいところは、自分たちに果敢に挑んできたJFKを、アーリントン墓地という戦争屋の聖地に手厚く葬っている点です。

戦争屋は自分でJFKを暗殺しておいて手厚く葬るというのは矛盾した行動にみえます。愛国主義者でもある戦争屋は、JFKが真の愛国者であると認識していたのです。JFKが自分たちに本気で逆らってきたのでやむなく暗殺したわけですが、実は内心、JFKを尊敬しているのです。なぜなら、戦争屋にとって貴重な軍人プロフェッショナルにはJFKのような死を賭した勇気が求められるからです。

 さてジェイRFはこれまで、デビッドRF配下の戦争屋と一線を画してきています。だから共和党議員ではなく、民主党議員なのです。そこで彼が戦争屋覇権を獲れば、60年代、JFKの挑戦した戦争屋=CIAの弱体化を実行するはずです。

1961年アイゼンハワー大統領が退任演説にて予言した“軍産複合体の危険性”にいよいよメスが入るのです。そうなれば、戦後、戦争屋=CIAに牛耳られてきた親・戦争屋日本人(悪徳ペンタゴン)も自然消滅するでしょう。そうなることを是非、期待します。
 


 蛇足ですが、現在の小沢氏が悪徳ペンタゴンの執拗な攻撃に必死で耐えているのは、上記のように、近未来、ジェイRFがいずれ戦争屋覇権を獲るであろうというシナリオを描いているからではないでしょうか。そうであれば、小沢・鳩山・亀井トリオが最近、戦争屋に妥協し始めている謎(注4、注5)が解けてきます。

トヨタをジェイRFが最終的にカッコよく救済することによって、華々しい対日デビューにトヨタを利用する可能性も出て来ました。

このような変化に疎い悪徳ペンタゴンよ、いずれはしごをはずされるぞ。

注1: 本ブログNo.46『日本郵政役員にトヨタ奥田氏留任:レクサスが人質か』2009年11月22日
http://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/3766810.html

注2:ベンチャー革命No.248『命が惜しくなった?隠れ親米派、小沢氏』2007年11月6日
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr248.htm

注3:ベンチャー革命No.190『小沢民主党新代表のミッションとは』2006年4月11日

http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr190.htm
注4:本ブログNo.73『小沢不起訴と郵貯の米国債運用の取引成立か』2010年2月5日
http://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/8148394.html

注5:本ブログNo.75『郵貯資金による米国債購入:亀井発言の背景』2010年2月9日
http://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/8454925.html

ベンチャー革命投稿の過去ログ
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/melma.htm

テックベンチャー投稿の過去ログ
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-PaloAlto/8285/column-top.html

『ウィキペディア(Wikipedia)』

ジョン・ロックフェラー4世

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%A9%E3%83%BC4%E4%B8%96


ジェイ・ロックフェラージョン・デイヴィソン "ジェイ" ロックフェラー4世
(John Davison "Jay" Rockefeller IV, 1937年6月18日 - )はアメリカ合衆国の政治家。ロックフェラー家の一員であり、1985年以来ウェストバージニア州選出の上院議員。1977年から1985年まで同州知事を務める。

ジェイ・ロックフェラーはニューヨークで生まれる。石油王ジョン・ロックフェラーの曾孫であり、ネルソン・ロックフェラー元副大統領は叔父。彼は1954年にフィリップス・エクセター・アカデミーを卒業し、ハーバード大学で東洋の歴史および言語を学び1961年に卒業、東京の国際基督教大学で日本語を三年間学んだ。

大学卒業後、ロックフェラーはワシントンD.C.で平和部隊に働き、最大の海外事業であるフィリピンでの計画の監督を務めた。

彼は1976年にウェストバージニアの知事に選出され、1980年に再選された。1984年には上院議員に選出され、1990年、1996年および2002年に再選される。彼は退役軍人委員会の委員長を勤め、現在は情報特別委員会の副委員長である。

1967年にロックフェラーは、上院議員チャールズ・パーシー(在任、1967-85年 1981-85年、外交委員長)の娘シャロン・パーシーと結婚した。夫妻は四人の子供がいる。ジョン、ヴァレリ、チャールズおよびジャスティン。ロックフェラー一家はウェストバージニア州チャールストンに在住である。

その他 [編集]
小沢一郎著『Blueprint for a New Japan 英文版 日本改造計画』(講談社インターナショナル、1994年7月)には、ジョン・ロックフェラー4世による序文がある。

エピソード [編集]
国際基督教大学に留学中は数人の日本人と同居していたが、彼らが語ったところによると

外務大臣がロックフェラーに会うために訪ねてきた。
フランスの高級菓子店のカタログを見ていて「食べたい!」と思ったロックフェラーは、同居人に「僕の名義でこの店に手紙を出してくれ」といって手紙を書かせた。その同居人は半信半疑ながらも言われたとおりにしたら、数日後本当に大量の洋菓子が空輸されてきた。

同居している日本人を誘って遊びに行こうとしたところ、便所掃除があるからと断られたが率先して手伝い時間を作ったりする素養も持ち合わせている。ロックフェラー家の習わしで、夏休みには必ず実家の牧場で家畜の世話から農作業などの下働きをして培われたものとのこと。

ロックフェラーが日本を発つ前日のお別れパーティーで同居していた日本人達が彼へプレゼントしたものは「喧嘩すること」だった。これはロックフェラーに男兄弟がいなかったので、喧嘩というものを一度してみたかったという話のため。後に本人もこれが最高の思い出だと語っている。
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プロフィール

和枝

Author:和枝
 高校教師をやめ、ガーデニングのブログを書くうちに、気づいた小沢問題の陰に潜むマスコミや検察の腐敗をブロガーたちと追究し、小沢一郎氏の無罪判決を得ることができました。

「和順庭の四季おりおり」と題したブログの時から御支持いただいた真実を追究する仲間や冤罪被害者の皆様に支えられ、市民メディア「ツイートテレビ」を立ち上げ、私も生まれ育った東京を離れ、「生活の党と山本太郎と仲間たち」に習い、心機一転、主人の郷里・徳島にてエネルギッシュで常に現実に向き合い情報発信する生活をしています。
 
 それに伴い「和順庭」と名づけた庭も徳島県へ引っ越しました。



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