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「悪の検事総長・原田明夫」の権力犯罪を弾劾する(2)金まみれの殺人疑惑?

 三井環氏が、冤罪で逮捕された裏金告発に伴ういきさつについては、『「悪の検事総長・原田明夫」の権力犯罪を弾劾する(1)』にすでに書いた。http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-983.html三井氏は取り調べでは、 完全に否認し、検面調書(検察官面前調書)も一切取らせていないのだが、大阪地検はその裏 付けを取ることなく、そのまま起訴に持ち込んでおり、これは他の冤罪事件についても言えるのですが、裁判所は特捜部検事が言うのだからと、検察の方を信用し、有罪にしてしまうのです。つまり、検事は、法廷の場に持ち込めば無実の人に罪をきせても大丈夫だという流れがすでにできあがっているということです。

三井氏の逮捕に関して、そういう入念な内偵捜査を行った形跡がないことと合わせて、大阪地検の特捜部の「特捜検事」が、この三井氏の捜査をやっているのですが、これは、「口封じのためのデッチ上げ不当逮捕」なのです。

検察首脳は、情報のパイプのために、暴力団関係者と付き合っていった。暴力団であれ、右翼であれ、それを巧みに「権力維持」のために利用してき たのが、この国の「体制権力」であり、 その意味では、「原田明夫の検察」こそが「己の保身」のため、暴力団という裏社会 と「癒着」、いや、「結託」して、調活費流用による裏金づくりの実態を内部告発しようとしていた三井氏を闇に葬り去るため、大謀略を画策していたことが書かれています。

三井氏の逮捕以降は、パイプ役となったここに登場する者は、検察側の意向に沿 って贈収賄事件までデッチ上げ、服役までさせたということもあって、 山口組関係者に盛んに「検察とのパイ プ」を吹聴するようになり、三井氏によると、この者が2億 円の届け先や工作した相手の名を明かせなかったのは、そのカネが検察中枢に渡ったからではないのか」とみています。

三井氏を客として相手にしたと(検察側がデッチ上げた)デート嬢、さらには暴力団 の元会長、シゲタという人物というように、ケネディ大統領の暗殺事件を彷彿とさせるかのごとく、 「死人に口なし」とばかり「真相」を知る関係者が、次々と命を落としており、それに絡む「闇に消えた2 億円の行方」を知っているのは、「悪の検事総長・原田明夫」であるとみています。

「原田明夫の検察」が、こうした裏取を、懲りずに暴力団と行っていて、この日本国における「真の巨悪」こそが、「史上最低最悪の検事総長・原 田明夫」が率いる、今の法務・検察に他ならないと告発しています。

 小沢捜査の内容よりも、もっと悪質な殺人や高額な裏金取引を検察がなんと行っていて、それを告発しようとした無実の人が特捜検察によって罪人にされているのです。

最高検が、真の巨悪の根源である原田明夫検事総長まで追求し、検察・司法の膿を出しきることができるかどうかがに、検察の再生がかかっていると思えるのですが。

 ぜひ、この告発を読んで考えてもらいたいと思います。


古川利明同時代ウォッチングブログ版  
http://furukawatoshiaki.at.infoseek.co.jp/article/2004/312-7.html
「悪の検事総長・原田明夫」の権力犯罪を弾劾する――
「三井環不当逮捕」は「現代のドレフュス事件」である(その7)
 

 

04・3・12原田明夫検事総長
 
 んで、もっとすごいのは、三井氏が2回目の逮捕(再逮捕)となった収賄容疑です。
これは、元暴力団組員だった渡真利から、三井氏が神戸や大阪のクラブなどで飲食や
デード嬢による計約30万円分の接待を受け、その見返りとして、暴力団関係者の捜査
情報を提供した――というものです。

 さすがに、一発目の逮捕容疑が、「別件」どころか、「軽微」というより、「デッチ
上げ」そのものということに、法務・検察としても、焦ったのでしょう。

 三井氏によれば、その渡真利とは、マンションの買い戻しの交渉の過程で親しくなり、何回か飲食を共にし、1回だけデート嬢の接待を受けたことは認めています。

 このへんは、刑法のイロハですが、刑法第197条にある「賄賂罪」(単純収賄、受
託収賄)とは、公務員がその「職務」に関して、「賄賂」を受け取る行為を犯罪として
処罰するものです。

 まず、この「職務」とは、一般には「職務権限」とか、「職務密接関連行為」とも呼
ばれていますが、実際、検察側が収賄罪で公判で「有罪」を勝ち取るには、その公務員
の「職務」に関してという部分が、最も議論のあるところで、このところがうまく詰め
られずに、「無罪」となってしまうケースも多いのです。それゆえ、知能犯罪、権力犯
罪の“王者”として、どうやってサンズイを立件していくかに、特捜検事の手腕が問わ
れているのです。

例えば、税務署の職員(別に中央官庁の職員でもいいですが)が、近所の子供に勉強
を教えて、そのお礼に報酬を受け取っても、それは「職務」とは関係ないため、収賄罪
に問われることは、当然、ありません(ただ、公務員の職務専念義務違反や兼業禁止規
定に触れる恐れはありますが)。

 それゆえ、公務(=公務員としての職務)と関係なく、「私」の部分で面倒を見たり
、また、そうした見返りに報酬や接待を受けたとしても、当然ですが、その公務員を「
収賄罪」で立件することはできないのです。

 また、例えば、公立学校の先生に「子供がいつもお世話になっております」と、御中
元に贈り物をすることは、確かに職務に関係がないとはいえません。ですから、日本の
慣習から言って、通常、認められている程度の贈り物や接待は、「賄賂」にはならない
、というべきものです。

 しかし、御中元や歳暮でも、通常より高いものを贈った場合は、単なる儀礼の範囲を
越えて、「賄賂」とみなされます。

 んで、今回、検察がデッチ上げた三井氏のサンズイ(=汚職事件)は、「贈」が渡真
利で、「収」が三井氏ですが、大阪地検は渡真利の言い分だけを鵜呑みにして、その裏
付けを取ることなく、そのまま起訴に持ち込んでいるのです(三井氏は取り調べでは、
完全に否認し、検面調書も一切、取らせていない)。


 三井氏によれば、渡真利とは何回か飲食を共にしていますが、それはあくまで私的な
付き合いで、「捜査情報を提供した事実はない」と主張しています。

 それで、まず、賄賂罪を立件するための最重要件である「職務に関して」という部分
が崩れさっていることがここでわかりますが(笑)、確かに、三井氏は渡真利から飲食
やデート嬢の接待を受けていますが、それは、当時、渡真利が計画していたデジタル衛
星放送事業の出資金として、三井氏は渡真利に気前よく、ポンと200万円を貸してい
るのです。

 本来なら、利子を付けて返済するのがスジですが、三井氏は「無利子無担保でいい」
と言ったうえ、さらには三井氏がスポンサー探しにも協力したため、渡真利が「じゃあ
、そのお礼に御馳走します」と言っていたそうです。

 しかし、検察側は、こうした“接待”が01年の6月から7月にかけての計4回、計
約30万円相当に達していたというスジ書きを作った(デッチ上げた)わけです。

 んで、検察側は、この計4回の接待のうち、2回が飲食(うち、1回は01年6月2
9日ですが、その場で三井氏が渡真利に200万円を貸している)、残る2回がデート
嬢を侍らせたものだとしていますが、そのうちの1回については、三井氏は酩酊状態で
、30分ほどで何もしないで出てきたことは認めています。

 ところが、もう1回の勤務時間中の「01年7月18日の午後1時半ごろ」のデート
嬢接待については、検察側のまったくのデッチ上げなのです。

 というのは、実際、弁護団がその日の渡真利の運転手の運転日報を入手しており、そ
れによれば、渡真利はその時間帯は神戸の長田警察署に拘置中の知人に差し入れに行っ
ていることが判明しています。

 そこで、もっと、すごいのがこの2度目のデート嬢接待として(検察側が創作した)
情交に及んだとされる場所が、逮捕状の段階では「大阪市天王寺区のチャペルシンデレ
ラ」になっていたのですが、それが、起訴の段階では、突然、「大阪市北区のグランド
カーム」に変わっているのです。

 んで、それだけならまだしも、その情交相手とされる問題のデート嬢は、ぬあんと、
三井氏が逮捕される4カ月前の01年12月に、中国人留学生に殺害されているのです
(笑)。まさに、「死人に口なし」とはこのことです。


 さらには、渡真利は当初は三井氏が現職の検事(それも大阪高検の幹部)ということ
を知らずに、大阪地裁周辺の画廊か、骨董屋の主人と思っていたらしく、三井氏のこと
を「社長、社長」と呼び、「社長、利息分は恩に着ます。利息分はおごらせていただき
ます」と言っていたというのです。

 つまり、200万円を貸していた人に、「利息は払わんでいい」と言ったら、「じゃ
あ、利息分はおごります」と言った分について、果して、社会通念上、「接待」と呼べ
るのでしょうか?

 通常、サンズイを立件するには、「贈」と「収」の両者の供述はもちろんですが、カ
ネの出と入り、趣旨の特定(社会通念上の接待ではなく、ちゃんとした「賄賂」である
という犯意の立証)、さらには尾行も付けて、当事者の行動を把握するなど、息の長い
内偵捜査を経て、「コレはいける」という確証を持つに至った段階で、「贈」と「収」
を同時に朝から任意出頭を求めてガンガン取り調べて、双方が落ちた段階で、逮捕状を
執行して正式に身柄拘束に持っていく――というのが、鉄則なのです(というようなこ
とを、三井氏への夜回りで、私は聞かされました)。

 今だから明かしますが、私が毎日新聞の高知支局時代、当時、三井氏が高知地検の次
席検事だったときに、高知県の幹部に関係したサンズイのタレ込みが支局にあり、その
ネタを三井氏のところに持っていったら(業者と県幹部が会っていた料亭の名前など、
かなり詳しい情報が入っていたので)、すぐに事務官2人を投入して内偵捜査に動いた
ことがありました。

 銀行に行って、当事者の口座を調べたり(それも、特定の人間だけをピックアップす
ると、銀行を通じて外に漏れるので、わざとアトランダムにたくさんの人間を調べたり
)、実際に事務官がその料亭の前に張り込んで、「贈」と「収」の両者が会うかどうか
を、確認させていました。

 確か内偵は1カ月以上は続いたと記憶していますが、「イケる」というだけのネタが
上がって来なかったため、そこで内偵はポシャッてしまいましたが、それだけの地道な
裏付け、状況証拠の積み重ねがあって、それを被疑者に突きつけることで、「自供」さ
せ、「真実」をうたわせるのが、汚職の捜査です。

 とりわけ、サンズイは証拠が残らないよう、密室の中で、当事者同士が現ナマをやり
とりするわけですから、起訴し、公判で有罪を勝ち取るには、もちろん、捜査官による
誘導や強制ではなく、当事者しか知りえない「秘密」を自然な形でうたわせることで、
「真実」を引き出す作業が、本来のサンズイの捜査に他なりません(もっとも、これは
私たちの取材ともまったく同じですが)。

 ところが、三井氏の逮捕に関して、そういう入念な内偵捜査を行った形跡がないこと
と合わせて、いやしくも、捜査を担当したのは、大阪地検の特捜部です。いちおう、名
前の上では「特捜検事」が、この三井氏の捜査をやっているのです。

 三井氏の手記や月刊誌のインンタビュー記事を読んでいくうち、よくまあ、こんなに
スジの悪い事件に、よく、上司がOKを出したなあというのが、私の率直な感想です(
だから、「口封じのためのデッチ上げ不当逮捕」なのですが)。


 現場の特捜検事として、この程度の証拠関係というか、証拠皆無という状況で逮捕、
そして、起訴に踏み切って、そもそも捜査官として「恥ずかしさ」というものを感じな
いのでしょうか。もし、そこで彼らが「恥」を感じないとしたら、それは捜査官として
だけでなく、人間としても「終わってる」と私は思います。

 三井氏の取り調べを担当したのは、昭和32年生まれで、徳島地検の三席検事から異
動してきたという、氏より13歳年下の水沼祐治検事です。

収賄容疑での再逮捕で、その取り調べの時点では既に殺害されているデート嬢の接待
を受けたとされた(デッチ上げられた)、逮捕状記載の「大阪市天王寺区のチャペルシ
ンデレラ」について、その“大阪地検特捜部のエース”である水沼検事から聞かれたこ
とは、「昼間(ホテルに)行ってないですか?」ということだけだったといいます。

 三井氏に言わせれば、「こんなもんは捜査でも何でもない」ということで、水沼検事
に「デッチ上げと作られ事件の取り調べは大変ですね」と水を向けると、「これも仕事
ですから……」と言うときもあったといいます。


 こうした光景を、拘置所の独房の中で後で振り返りながら、三井氏はこう手記に書き
とめています。

「検察首脳は、この若く有能な検事に、検事としての堕落を強要していた」
これは私の推測ですが、三井氏がマンションの買い戻し交渉を通じて、渡真利、亀谷
といった暴力団関係者と付き合っていったというのは、もっと長い目で見たときの「情
報のパイプ」ということも、おそらく念頭にあったのではないかと思います。やはり、
ナンダカンダ言ったところで、ああいうアングラな連中というのは、政界、財界中枢の
「けもの道的なディープリーなネタ」を持っていますから。


 問題は、そこで取材を生業とする私にも当然、当てはまってきますが、「ミイラを取
りに行って、ミイラにならない」ということです。

 しかし、これこそ「言うは安く、行うは難しい」の典型ですが、しかし、特にディー
プな情報というのは「虎穴に入らない」ことには、なかなか手に入ってこないのも事実
です。

 つまり、「癒着」と「密着」というギリギリの狭間で、ネタを取り、それを決して、
己の私腹を肥やすための道具として利用するのではなく、「公」のため、つまり、「社
会正義の実現」のため、世に広く知らしめるために撃ち込んでいくという決意なのでは
ないでしょうか
(#ま、確かにキレイゴトばっかりで、世の中が成り立っておらんが、でも、かつて、沖縄返還の密約の機密電文をスッパ抜いた毎日新聞の西山太吉も、外務省の蓮見某女史から、「情を通じて」入手しとるわけやろ。問題はヤツがきちんと自らの紙面で記事化しとらんかったから、世論はついてこなかったわけや)。

 私が新聞記者になって間もないころ、「ブンヤとはスパイであり、男芸者なんだ」と
言われたことがあります。

 「スパイ」というと、少し、おどろおどろしい語感がありますが、まあ、そんなもん
だと思います。ネタを取るためには、どんなところにも潜入し、時には自分の股ぐらだ
って開かなければなりません(笑)。

 しかし、そこで大事なのは、「体は売っても、魂は売らない」という、特捜検事、さ
らにはブンヤとしての「志」でしょう。

 確かに、三井氏自身にも相手に付け入る隙を与えるような、例えば、1回だけは酩酊
してデート嬢の接待を受けるなど、ワキの甘い部分はあったかもしれません(#せっか
くだから、三井さんも最後までヤッてくればよかったのにな)。

 しかし、敢えて言わせてもらえば、特捜検事もブンヤも「ネタ(こそ)が命」です。
 やっぱり、私などは特にそうですが、脂ぎった政治家であるとか、裏社会に通じてい
る詐欺師然とした、胡散臭い連中と接触しないことには、ヴィヴィッドな情報は入って
来ないのです。

 いつの時代、場所においても、アウトローと称される人種は存在します。
そうしたアウトローは、そういう“法律の枠外”で蠢いているがゆえに、通常の人間
では到底、やりえない汚い仕事をやってのけます。

 そして、暴力団であれ、右翼であれ、それを巧みに「権力維持」のために利用してき
たのが、この国の「体制権力」なのです。


三井氏が逮捕された際、検察サイドは「現職の幹部でありながら、暴力団関係者と癒
着していた“悪徳検事”」という情報をリークして新聞に書かせることで、人格攻撃を
行いました。

 しかし、私に言わせれば、「癒着」とは、体制権力がその「統治」という名のもとに
おいて犯罪行為を行う際、アウトローと裏取引し、結託して、連中をその「手足」とし
て使い切ることです。

 暴力団であれ、右翼であれ、アウトローであれ、ディープーなネタを取るために接触
すること自体は、「密着」であっても、「癒着」ではありません。問題は、入手したネ
タをどうやって使うかです。

 その意味では、「原田明夫の検察」こそが「己の保身」のため、暴力団という裏社会
と「癒着」、いや、「結託」して、調活費流用による裏金づくりの実態を内部告発しよ
うとしていた三井氏を闇に葬り去るため、何ともおぞましい大謀略を画策していたので
す。


 つまり、ここにもまた、表に出せないもう一つの「けもの道」が存在していたのです
三井氏を接待して、「贈賄罪」に問われた渡真利は、一審で懲役5カ月の実刑が確定
し、既に刑期を満了しています。

 さらに、三井氏と一緒に逮捕された贈賄側の亀谷は起訴猶予処分となっていますが、
その亀谷が、逮捕から約7カ月後の02年11月25日、東京駅の近くで、山口組系侠
友会の鶴城丈二元会長を射殺、さらに運転手の男性にも重傷を追わせる事件
を引き起こしているのです(それゆえ、亀谷はこの事件で懲役20年の実刑が確定し、現在、服役
中)。

 んで、亀谷が殺害した鶴城元会長というのは、山口組内の最大勢力である山健組の東
京責任者という立場にあり、三井氏の事件で亀谷が起訴猶予となって釈放となった後に
、鶴城は亀谷に面会を求めていたというのです。

 というのは、山健組のトップである桑田兼吉組長は、当時、ボディーガードの組員が
拳銃を所持していたという銃刀法違反で逮捕され、一、二審では実刑判決が出て、当時
は、上告中だったというのです(03年5月に最高裁は上告を棄却し、懲役7年の実刑
判決が確定)。

 そこで、当時、山健組は桑田組長の保釈を求めて奔走しており、「亀田は三井の事件
で検察に“貸し”があるはず。そこから検察に工作を働きかけ、桑田組長の保釈を勝ち
取りたい」という作戦を立てていました。

 んで、三井氏が複数の筋から裏付けた情報によりますと、三井氏の初公判のあった直
後の02年8月初旬、JR新神戸駅に隣接する新神戸オリエンタルホテル4階のロビー
前にあるコーヒーショップで、鶴城元会長と桑田組長の側近のシゲタ、さらに亀谷の3
人が落ち合い、鶴城とシゲタが亀谷に桑田組長保釈の工作を持ちかけられないかと、要
求しました。

 すると、亀谷はこう言ったといいます。
 「絶対にできません。三井逮捕の裏には大変なことがある。それをやると、検察だけ
の問題でなく、山口組が国家に潰されてしまう」


 亀田は「頼むから、もう、その話はなかったことにしてほしい。これはそれほど重大
なことなのです」と言って退席したため、鶴城元会長とシゲタは桑田組長の保釈工作を
一度はあきらめたといいます。

 しかし、その約2週間後に、今度は亀谷の方から鶴城元会長に電話を入れてきたとい
うのです。

 「例の話ですが、検察に工作をかけたら、イケるかもしれませんワ。それにはカネが
必要です


 こうやって、一度は断ったはずの亀谷が、逆に申し出てきたことに、鶴城元会長らは
期待を抱いたと同時に、疑念も感じたといいます。

 そこで、山健組では、最高首脳が集まって会議を開き、亀谷の身辺を調べた結果、「
工作」を依頼することに決めました。「工作」とは、もちろんカネのことです(笑)。

 02年10月8日、鶴城元会長やシゲタら山健組幹部と亀谷が再び、新神戸オリエン
タルホテルに集結して話を進め、その後、鶴城元会長と亀谷はグリーン車で東京に出て
きた後、山健側から亀谷に現金2億円が渡されました

 んで、翌日の朝、亀谷はシゲタの宿泊していた赤坂のホテルにやってきて、「カネは
渡してきた。2度と返って来ないところです。保釈を申請して下さい」と言ってきまし
た。これに気をよくした山健組側は桑田組長の保釈を申請しますが、10月25日、何
と、保釈の申請は却下されます。

 これに激怒した鶴城元会長は亀谷に詰め寄ると、亀谷は「もう一度、念を押します。
7、8人ほど工作をしなければならない」と言い、しばらくして、「念を押したので、
再度、保釈を申請してください」と連絡してきました。んで、この際、鶴城元会長は亀
谷に対し、「その2億円を誰に渡して工作したのか。再び、申請が却下された場合は、
その名前を明かすように
」と迫っていました。

 そして、それから1カ月後の11月25日――。保釈が認められるかどうか結論が出
る日ですが、その結果が出る直前に、亀谷が持っていた銃は、鶴城元会長を撃ち抜いて
いました。で、亀谷はその場で逮捕されましたが、その直後に出た保釈申請は、再び「
却下」でした。


 暴力団関係者の間では、「亀谷は2億円を持ち逃げして、言い逃れができなくなって
、鶴城元会長を撃った」という噂がまことしやかに囁かれていたといいますが、しかし
、実際のところは、もっと複雑だったようです。

 そこで、亀谷がなぜ、検察中枢との太いパイプを持てるに至ったかといいますと、三
井氏を「売った」のが、他ならぬ、この亀谷だからです。

 というのは、亀谷は、三井氏が現役の検察幹部のまま、調活費の内部告発に動きはじ
めていた02年1月、関西検察OBとしては、元検事総長・土肥孝治、元大阪高検検事
長・逢坂貞夫と並ぶ実力者とされるヤメケン弁護士・荒川洋二(元大阪高検検事長)に
、ある人を介して、渡真利と面会させ、三井氏の不当逮捕の容疑となった神戸のマンシ
ョン落札の経緯や、一緒に酒を飲んだことなどについて、虚実を交えて創作したメモを
この荒川に渡しているのです。


 んで、荒川のオッサンはその後、1月30日付けで、当時、大阪高検次席検事だった
大塚清明に、渡真利から受け取った情報メモを手渡したのですが、このときは、あまり
にも根拠薄弱だったため、「怪文書に毛が生えたもの」の類とみなされ、しばらくはお
蔵入りになっていたといいます。

 実際、この直前、01年の暮れに最高検の大阪担当検事が大阪市福島区の検察新庁舎
ビルを訪れ、高検や地検の幹部と極秘に会談を開き、この場で「三井に何か弱みはない
か」と、内偵を始めることが決定されたといいます。

 ところが、どうしても決定的なネタがなく、三井氏が週刊文春に流した「調活マニュ
アル」について、国家公務員法の守秘義務違反でやれないかということも検討されたよ
うですが、「その調活マニュアルの存在を表に出せば、逆に調活費の不正流用を認める
ようなものだ」と、頭を抱えたといいます。

 そこで、検察サイドは、荒川洋二というヤメケンの「大物OB」を使って、亀谷、渡
真利と接触を図り、三井氏のアラ探しをやっていたわけです。

 そして、三井氏の逮捕以降は、亀谷はしきりに山口組関係者に盛んに「検察とのパイ
プ」を吹聴するようになったといいます。

 それも、そうでしょう。自分の舎弟的存在だった渡真利を使って、検察側の意向に沿
って贈収賄事件までデッチ上げ、服役までさせたのですから。

 で、亀田の鶴城元会長の殺害に話を戻しますが、三井氏のヨミでは、「亀谷が、2億
円の届け先や工作した相手の名を鶴城元会長に明かせなかったのは、そのカネが検察中
枢に渡ったからではないのか
」ということです。

 つまり、亀田は鶴城を殺害し、刑務所に「逃げ込む」ことで、自らの命を救ったので
はないか、と(#それに刑務官による暴行や人権侵害が日常茶飯事の刑務所は、法務省
の管轄やしな)。

 人生の半分以上を極道の世界で過ごしてきた亀田にとって、もし、「保釈」が現実の
ものとなった場合、当然、工作資金の数倍の報酬が転がり込み、そして、山口組内での
しかるべきポジションが約束されているのは、言われなくても、わかっています。

 しかし、逆に、これが失敗に終わった場合、どうなるかも、当然、わかっています。
日本最大の暴力団組織である山口組の中でも強い勢力を誇る山健組に歯向かうことが、
一体、何を意味するのかを。

 そして、さらに凄いのは、三井氏がこの「2億円の闇」を『現代』の03年12月号
(03年11月5日発売)で明かしてのち、鶴城元会長と一緒に亀谷と保釈工作を担当
していた桑田組長の側近だったシゲタという男が、去年(03年)の12月25日に出
刃包丁ようのもので何者かに殺害されているのです。

 三井氏を客として相手にしたと(検察側がデッチ上げた)デート嬢、さらには山健組
の鶴城元会長、そして、シゲタと、ケネディ大統領の暗殺事件を彷彿とさせるように、
「死人に口なし」とばかり、「真相」を知る関係者が、次々と命を落としているのです


 で、シゲタが殺害される前に、山健組内で人事異動があり、幹部の数人が相談役的な
立場に退き、うち、1人の幹部は「絶縁」という形で、引退に追い込まれ、体の一部を
切り落として、ケジメをつけたといいます。その理由の一つが「亀谷に渡して、消えて
しまった2億円の責任」といわれています。

 もし、これが事実とすると(おそらく間違いなく事実でしょうが)、「闇に消えた2
億円の行方」を知っているのは、「悪の検事総長・原田明夫」です。
立場上、ヤツがこ
れを知らないことは、ありえない。

 しかし、この真相が万が一、表沙汰になってしまったら、「調活費流用による裏金づ
くり」や「三井環不当逮捕」のレベルではありません。「検察の信用失墜」どころでな
く、「組織そのものが壊滅」してしまいます(笑)。

 つまり、検察はヤクザからカネだけ貰って、桑田組長の保釈について、あとはシカト
したのか(もしくは、その後、2億円をこっそり山健組側に返したのか)、その「真相
」はいまだヤブの中ですが、いずれにしても、「原田明夫の検察」が、こうしたトンデ
モナイ裏取引を、懲りずに暴力団と行っていた、ということになります。

 要するに、この日本国における「真の巨悪」こそが、「史上最低最悪の検事総長・原
田明夫」が率いる、いまの法務・検察なに他ならないのです
。(
この稿つづく)


 
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プロフィール

和枝

Author:和枝
 高校教師をやめ、ガーデニングのブログを書くうちに、気づいた小沢問題の陰に潜むマスコミや検察の腐敗をブロガーたちと追究し、小沢一郎氏の無罪判決を得ることができました。

「和順庭の四季おりおり」と題したブログの時から御支持いただいた真実を追究する仲間や冤罪被害者の皆様に支えられ、市民メディア「ツイートテレビ」を立ち上げ、私も生まれ育った東京を離れ、「生活の党と山本太郎と仲間たち」に習い、心機一転、主人の郷里・徳島にてエネルギッシュで常に現実に向き合い情報発信する生活をしています。
 
 それに伴い「和順庭」と名づけた庭も徳島県へ引っ越しました。



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記号 10000 番号 88352491

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店番 008 普通預金
口座番号 8835249
口座名 服部 和枝

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