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再出発のために

私が、大学卒業後すぐに就職してそれから退職するまで26年。

 その間、二人の子どもを家庭福祉員(区の保育ママさん)、保育園、学童保育と行政のお世話になりながら、仕事・育児・家事をこなし、ただいつか誰にもじゃまされずぐっすり寝られる日だけを夢みていた。

 上の娘の頃は、産休も産前・産後6週で、夜中の授乳をしながら、ほとんど睡眠不足の状態だったから、そんなことぐらいしか望みはなかった。
 
 私の通っていた女子大は、地方から上京してくる学生がほとんどで、当時の割合からすれば、短大卒が圧倒的に多く、四年制に通っていた友達も、在学中からお見合いをし卒業すると皆郷里に帰って結婚をしていた時代である。

 女性が家事や育児と両立させて、仕事をすることがやっと世の中に定着しはじめた頃で、行政もまだそれほど整備されていなかった。

 それだけに、まだ女性が働くといっても親に子供をみてもらわなければとても勤められない時代だった。

 親を頼れなかった私は、行政の支援がなければとても両立はできなかった。

 下の息子の時は、0歳児から保育園の受け入れがあったが、上の娘の時は、保育園入園受け入れ年齢まで、保育ママさんのお世話になり、二重保育をせざるをえなかった。

 
 こどもの病気に、どちらが休みをとるかで言い争いになることもたびたびだった。

 娘と息子の年齢が5歳離れていたために、保育園の送り迎えは、11年にも及んだ。

 自分の時間などほとんどなかった。

 会議中に時計を見ながら、いつ終わるかとそわそわしたり、迎えの時間に間に合わせるために猛スピードで自転車をとばしたり(バスや電車を乗り継いででは間に合わないからいつも直線距離を自転車で)。

 子供にも随分淋しい思いをさせたかなとも思うけど、同じマンションの専業主婦をしていたお母さんが、子供が学校から帰ると娘もいっしょに遊ばせてくれていたりして、陰ながらフォローしてくれていた。

 こどもが成人するまでにどれほどの人のお世話になったことか。感謝してもしきれない。

 どんなに忙しくても、その頃は、多くの同僚女性同様、子育てを終えても定年まで仕事することを誰もが思っていた。

 日本の経済を支えてきた終身雇用制度は、家庭や子供を持って仕事をする働く者に、安心をあたえてきた。

 ローンを組んで家を持てるのも、一家の大黒柱を支えてきたのも、職場がよっぽどのことがないかぎりは見捨てぬという保障があったことに他ならない。

 私が、仕事を辞める何年か前から(バブルがはじけてから)、どこの企業でもリストラの風が吹き荒れたり、国際金融資本家の思惑通り日本の終身雇用制度がこわされて、お互いを精神的にも助け合う家族的な職場から生き残りをかけて競争する職場へと変わっていった。


終身雇用制は、信頼、自己規制などの日本の伝統的価値と結びついて、雇用の安定、労働意欲の向上、協力による生産効率の増大を維持してきた。

 
 バブル崩壊後の不況をうけて95年日経連プロジェクト報告で、これまでの終身雇用制、年功序列賃金を解体し、日本の労働力を3つの形態に分けると打ち出された。


①長期蓄積能力活用型=正社員、②高度専門能力活用型=高度のスキルをもった派遣社員、③雇用柔軟型=非正規雇用、の3つにわけ、③の雇用柔軟型=非正規雇用形態の労働力を9割にするというもの。

 以後、日経連報告以来の10年間の資本攻勢と小泉首相が「構造改革」を押し進める中で、格差や貧困が激化してきたなかで起きている現実。

 派遣法が改悪され、現在ほぼすべての職種に派遣やパート、アルバイトに置き換えられ、日本の労働総人口の半分が非正規雇用に。

 とりわけ、青年労働者には矛盾が集中し、働いても給料は上がらず、生存ギリギリで働かされ、ネットカフェに寝泊まりしなければならない労働者まで生み出されています。

 
 
 この世の中の変化は当然私のところにも及ぶこととなります。

 娘が地方の大学に通うこととなり、仕送りもせねばならず、卒業するまでは、息子の大学の費用もかかるので、無理してもこどもの教育費を払うまではとおもっていたのですが、度重なるいやがらせや圧力に、とうとう体の方が音を上げてしまいました。

 急性虫垂炎から腹膜炎を起こし、緊急手術。そのときにはすでに破裂して膿がとびちった状態で、医師に言われた通り退院後の安静期間を経て、仕事に出た時には、入院当初思っていたより入院はかなり伸びていました。
 
 やっと回復して仕事に出たとき、とても私の勤められるような状態ではありませんでした。

 私の勤めていたのは、私立の高校でしたが、丁度入院が3月の進級の時期にあたり、成績会議に出していた生徒のことが心配で、手術後動けるようになって電話すると、入院時に電話、手術が決定してから診断書を提出し、入院が伸びることになった時に診断書を再提出しているのに、まず電話をして言われたのは「どこにいるんだ?」という言葉でした。

 仕事に出る時には、主人といっしょに菓子折りをもって入院期間中も生徒のことの連絡は何もなかったので不安な気持ちで行きましたが、そのときに私の机が図書室に置かれ、その上に乱雑に書類がおかれている様子を見て、はじめて主人も事のしだいがわかったようで、それまで私が職場で追い詰められていったのも限界にたっしていることを理解したようでした。

 帰って私に「仕事を辞めるか?」と言いました。張り詰めていた気持ちがゆるんで涙があふれたことを思い出します。


 「入院していると知っていたらお見舞いに行ったのに」と言われ、「普通は診断書を出し、進級にかかる生徒を会議に出しているのだから全職員に進級会議のとき連絡するはずなのに、職員に私が入院してることさえ伝わっていないのだろうかといぶかったことを覚えてます。

 「若い先生は、盲腸の手術をしても抜糸もしないで一週間で出てくるのに」

 それが校長に言われた言葉でした。

 26年お金のためだけだったらこんなに勤めなかったかもしれないのだけど、この言葉を聞いた時、もうこの学校にはいられないと思いました。

 それまでの何年かは「まだ辞めないの?」と私の方をみて露骨に言われるようになっていました。


 退職を決意したのですが、いやがらせはまだつづきます。

 退職金が振り込まれないのです。問い合わせると、理事長印のない、金額が鉛筆書きされた書類が送られてきました。

 「理事長印のないものや鉛筆書きの金額は正式の書類ではないから認められない」と配達記録つきで送り返し、計算書など退職金算定の根拠となる書類を送るようにというようなやりとりが続き、それでも認められないものは認められないとつっぱねていました。

 そうしたら、なんと自宅に押しかけてきたのです。

 このときすでに私は疲れ果てていました。

 その日、息子の高校のPTAの総会で、役員として挨拶するのに出かけようとしているところでした。

 遅刻してはという思いと、玄関まで入り込まれたという恐怖感で認めざるを得ませんでした。

 正当な金額かわからないけれども、認めさえすれば楽になる。その一心で印を押してしまいました。

 脱力感と恐怖感の中でただ「この学校とは縁が切れる」という思いだけが私を励ましていました。

 以来、私は涙も出ず、誰も信じられない日々が続きますが、3~4ヶ月たったとき、やっと喜怒哀楽の感情がもどってきて、さまざまなシンポジウムや講演会を歩き、それまで無縁だった政治や経済のことを知り、政治家や今まで知らなかった分野の方々と語り合い、現在に至っています。

 仕事を辞める時に在職中にあった性的いやがらせがよみがえり、このフラッシュバックとの闘いの毎日ですが、今は私の心の傷を理解してくれる友人と離職後出会い、徐々に新しい人生を歩みつつあります。

 こどもの成人を機に離婚もし、今は人生には別れを告げ、再出発するつもりでいます。

 離婚後何年か経って、娘の結婚式を終え、息子も就職し、今やっと落ち着いた気持ちでいるところです。

 ここに至るまでなれた私を陰ながら支えてくれた多くの友人に感謝の気持ちでいっぱいです。

 「みんなありがとう!まだフラッシュバックするけどやっと心神ともに元気になりつつあります。これからもよろしくね!」

 


 

 

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プロフィール

和枝

Author:和枝
 高校教師をやめ、ガーデニングのブログを書くうちに、気づいた小沢問題の陰に潜むマスコミや検察の腐敗をブロガーたちと追究し、小沢一郎氏の無罪判決を得ることができました。

「和順庭の四季おりおり」と題したブログの時から御支持いただいた真実を追究する仲間や冤罪被害者の皆様に支えられ、市民メディア「ツイートテレビ」を立ち上げ、私も生まれ育った東京を離れ、「生活の党と山本太郎と仲間たち」に習い、心機一転、主人の郷里・徳島にてエネルギッシュで常に現実に向き合い情報発信する生活をしています。
 
 それに伴い「和順庭」と名づけた庭も徳島県へ引っ越しました。



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記号 10000 番号 88352491

■銀行からの振込みの場合
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店番 008 普通預金
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口座名 服部 和枝

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