ニューヨークから再びロサンゼルス、帰国へ

ニューヨークから再びロサンゼルスへ。
フェニックスでの乗り継ぎに遅れたことがトラウマとなり、この移動日の前日は眠れなかった。







ニューヨークからフィラデルフィアで乗り継ぎ、ロサンゼルスに向かう乗り継ぎ。直行便はあるが高いので、の乗り継ぎ便にする。ニューヨークからロサンゼルスへフィラデルフィァ経由で行く。ニューヨークからフィラデルフィァまでは1時間かからないでいくが、プロペラ機のような小さな飛行機。フィラデルフィァからロサンゼルスまでは、5時間以上かかる。この日はさらにトラブルで6時間以上かかった。



フィラデルフィァでの乗り継ぎ時間は一時間半で、しかも違うターミナル。同じ飛行機会社(USALLWAYS)をだが、移動はターミナル間をシャトルバスが飛行機の間をぬって進む。飛行機を間近に見た。念には念を入れ、場所の確認をしながらゲートへ向かい、無事搭乗。飛行機に乗るまで、何だかまた乗り遅れるのではとドキドキしっ放しだった。



無事乗ると安堵して眠気が襲う。うとうとして、ふと眼がさめると飛行機は地上にいる。着いたにしては早すぎると思ったら、まだ離陸していなかった。食事を入れた箱がないということで、一時間近く遅れて離陸した。子供連れは、子供が泣いて大変だ。6時間以上かかるので、本当にアメリカは広いと思う。
移動だけで一日終わってしまう。

アメリカへ向かうときと帰るときのツイッターの内容がほぼ同じって、日本の政治は停滞している。復興できるのだろうか?

この旅行を通して、やはり国際交流ということから言えば、どこへ行っても、どんなに機械化されても、人間がいなければ処理できないことがあるということがわかった。飛行機のチケットも機械処理も、言葉が違えば対応できない。やはり、その場所に聞ける人がいて、初めてスムーズに処理できる。交通システムは国によって違うから、それを理解することは困難を極める。

異国での機械だけの対応は特に困難だ。航空券や電車のチケットの購入など、慣れた職員が対応したほうが、よっぽどスムーズだということがわかった。

 日本からロサンゼルスに着いて過ごした10日ほどは、レンタカーを使い、ロサンゼルスを回ったが、ホテル代と同じぐらい費用がかかるので、バスを利用することにした。

アメリカというのは、何もかも車社会になっている。そのため、バスや電車などの発達が著しく遅れているように思う。ニューヨークでは、電車の乗り継ぎで待たされ、何番線のホームに到着するかも、直前になるまで決まらない。土・日曜日は工事のため、地下鉄は電車が動いていないだけでなく、それを知らせる貼紙すらない駅もある。何十分も待たされ、しびれを切らしてほかの駅に行って、はじめて運休だと知ることもある。

 ロサンゼルスでバスを利用してみて、バスの乗り継ぐなどというのは、どれほど待たされるか。アメリカは、車なくしてはとても不便な国だ。ニューヨークなどは、交通渋滞で、市内観光バスとタクシーがあふれ、とてもレンタカーなどでは回れない。交通渋滞もいつものこと。信号など無視をするかのように渡る人と車で、友達は戦後の混乱を見ているようだと言った。

バス代の徴収の仕方なども、日本のようにスムーズにできず、バス停に止まるたびに時間を浪費する。駅の改札や発券機など、日本のほうがよっぽど進んでいるし、時間も正確。これだけ待たせるというのは、バスや電車利用者は、まだ自家用車より所得が低い者が乗るという位置付けがあるからだ。飛行機の搭乗も、ファーストクラスは待たされない。低く位置づけされた者は、待たされても我慢しなければならない。

友人に付いて、池袋の職安(サンシャイン)に行ったことを思い出す。失業して途方に暮れている人を何時間でも待たせる。文句を言ったら、仕事をもらえないのでは?など、弱い立場に置かれた者は、ひたすら耐える。職員を増やすとか改善しようとしないで、ひたすら耐えてる者の気持ちも察せず、「うちはいつもこんななんで」と言う。

仕事を失っている者の気持ちなんて考えることもないのだろう。ここで働く職員は、みな公務員で保障されているから。夕方、5時ぐらいに行くと、自分の仕事が切り上げられないから、横柄な態度をとられることもある。職安がどこもかといえばこれも場所によって違うこともわかった。

 今までは、日本の何年か先をアメリカは行っていた。しかし、今のアメリカと日本は、ほぼ同じ。トイレなど、アメリカではウオッシュレットなど見かけなかった。トイレは、日本のほうがよっぽど進んでいるし、そろそろ逆転していくのかもしれない。

バスや電車が不便でも、自転車やバイクはあまり見かけない。自転車や、日本で最近見かける電動自転車などあれば、車を持たぬ人はどれだけ便利なのにと思うのだが。

 日本を歩いているのとアメリカの生活は何ら変わりない。ただ、レストランでの食事は、税金やチップがかかるため、どうしてもファーストフードの利用となる。これが続くとバリエーションに富んだ日本のレストランが懐かしくなる。切符を買うのにも、レストランで注文するのにも、戸惑うことばかりだったが、出会ったアメリカの人達は、とても親切だった。特に、黒人は親切だった。

メキシコやスペインからの移民が多く、スパニッシュやメキシカンの英語は聞き取れないことがずいぶんあった。また、地域によっては、英語も通じないところがあった。

黒人と白人は、見かける限り同等で、仕事など下働きはスペインやメキシコからの移民が引き受けていることが多かった。

 再び来たロサンゼルスでは、バスを利用して日本へ帰るお土産を買う日々だった。今までにぎわっていたショッピングモールが衰退し、別の場所に新しくできたショッピングモールがにぎわっていたりと、場所によってめまぐるしく変わっていた。

パロスバーデスの植物園にも行った。

ここだけは、入園料は現金でカードで払えず、持っていたUSドルも足りず、車でないためとてもATMに行くのも無理と言われ、どうしようかと思っていたら、日本からの観光客に配慮してか無料で入れてくれるという。閉園まで一時間ぐらいだったということもあってのことか、途方に暮れていた私達はその厚意に甘えて入れてもらうことにした。

暑いのと平日ということもあり、あまり入園者はいなかった。

園内はとても広くて、ほとんど自然のままだった。

入ってすぐのところに日本庭園があった。


バラの花が咲いていた。


熱帯植物が生い茂っていた。


水辺に かもが。

リスも出てきて。


リスがこちらを伺いながら。











いよいよ帰国。搭乗を待っている間、飛行機をパチリ!






 29日の午後4時頃、帰国の途に着いたが、成田に着いたのは30日の午後7時近く。実際に乗っているのは、9時間ほどだったが、途中日付変更線を通り、何日だか何時だかわからなくなった。

行きのシンガポール航空での機内食で、私だけが周りが食べ終わる頃になっても食事が来ず、やっと来たと思ったら、残り物の寄せ集めのような食事で、しかもメニューにあるのに、何品か足りず、出るはずのデザートもなく、屈辱で食べる気にもならなかったことがあり、帰りに乗るのも気が重かったが、シンガポール航空の日本人スチュワーデスが担当だったこともあって、細やかな心遣いに、海外で働く日本人の活躍を願わずにはいられなかった。

日本人の経営者の店は、日本人オーナーがいれば、従業員がスパニッシュでもメキシカンでも、日本のお店と同じようなテキパキとした動きになる。それほど日本のサービス精神は世界に誇れるものだと思った。

そして、アメリカで利用したUSエアウエィズの乗務員は、スチュワーデスなどみなかなりのお年寄りだったり、男性乗務員がスチュワーデスと同じ仕事をしていたりと、それまでの乗務員の概念を覆された。




 しかし、ベテランの応対は安心ができ、アメリカはリストラの国と思っていたのが、どこへいっても年をとった女性なども堂々と仕事をしていた。そういう職場は、とても安定しており、リストラがないのか、あっても経験がキャリアとして生かされている。リストラされたら行き場のない日本とは大違いだった。

成田に着いて、思ったより涼しかったのにはびっくりした。我が家で眠りについたと思ったら、寝ている間の地震に、これが日本に帰ったということだと思った。

乗ってきたシンガポール航空
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プロフィール

和枝

Author:和枝
 高校教師をやめ、ガーデニングのブログを書くうちに、気づいた小沢問題の陰に潜むマスコミや検察の腐敗をブロガーたちと追究し、小沢一郎氏の無罪判決を得ることができました。

「和順庭の四季おりおり」と題したブログの時から御支持いただいた真実を追究する仲間や冤罪被害者の皆様に支えられ、市民メディア「ツイートテレビ」を立ち上げ、私も生まれ育った東京を離れ、「生活の党と山本太郎と仲間たち」に習い、心機一転、主人の郷里・徳島にてエネルギッシュで常に現実に向き合い情報発信する生活をしています。
 
 それに伴い「和順庭」と名づけた庭も徳島県へ引っ越しました。



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口座名 服部 和枝

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