スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

乳がん (8)食事療法 3実行と失敗

 放射線治療に通い始めた頃、癌と向き合うことへの不安に押しつぶされそうになりながら、東西の書籍を読みあさり、がん患者の集まりに参加して、何とか自分の道を見出そうとしていた。特に、先に挙げた「乳がんと牛乳」や「葬られた『第二のマクガバン報告』」は、私にそれまでの食生活を見直すきっかけとなる書となった。

 「乳がんと牛乳」の著者ジェイン・プラントは、自らの乳癌と闘う体験を記し、その原因と予防に迫り、私に癌でも生きられるという勇気と道筋を与えたといってよい。(詳しくは、「乳がんと牛乳」の所参照)
 
癌と宣告されたら、誰もが「もう助からないのではないか?」「再発するのではないか」という先の見えない不安にどうすればいいのかとうろたえる。

 原因があるからなったはずなのに、何もすることもなく標準治療だけがどんどん進んでいくと、気持ちが追いつけないまま不安だけが心を支配するようになる。

肺ガンだったら煙草を吸わないとかいうように、「乳癌もまた再発を防ぐために何かできることはないだろうか?」と、本を読みながら探し続けたのも、この頃だった。

 乳癌の再発を経験し、リンパ節に転移して抗癌剤を投与されながら、原因を追究しようとした「乳がんと牛乳」の作者の生き方は、絶望から希望へと私を導いたばかりでなく、積極的に納得する治療を受けようという気持ちに変えた。

私もまた少しでも同じがん患者の参考となればと自らの経験をこうして書いているが、この文章を読むがん患者には、直接本を読み、自分自身でどうするかという判断をして欲しいと思う。 

それまでの食生活も遺伝子も人によって違い、ただこれを読んで、安易に牛乳と乳製品をやめようというのではなく、しっかり考えて決めてもらいたいと思う。

 私自身、何よりも体ができる二十歳(はたち)までの食生活を振り返ってみた。明治生まれの祖父母のいる家庭で育ったこともあり、いつも日本料理だった。畳に正座で家族揃って純和風の食事をしていた。肉などほとんど食べることはなかった。酒飲みの家庭でもなかった。

学校の給食は、パンに脱脂粉乳だったが、家では日曜日の朝に近くのパン屋さんに焼きたてのパンを買いに行って食べるのが楽しみなぐらい洋風な食事とはほど遠かった。

年寄りの食べるような食事をしながら、私の体は出来上がった。勿論、痩せていた。

 それが、結婚をして食生活ががらりと変わった。こどもを連れて、土日などは焼肉屋へ。それまでの魚や野菜などの植物性タンパク中心の薄味の食事から肉中心の食事となった。

おまけに酒飲みと結婚したために、家でも食事にでかけてもアルコールのある食卓に並ぶような食事となる。味付けも濃い味となった。

 子どもを保育園や学童に預けながら、教師として働いていた頃は、それだけのエネルギーもいるから、このような食事でもいいのかもしれないが、食生活というもの、体が老化していっても、なかなか変えることができない。

仕事を辞めてからもこのような食事をし、消費するエネルギーはそれほどでもないから、おのずと太る。癌になるまで食生活を見直すことなどあまりなかった。癌の手術後のはじめての病院での食事にステーキを選んだほど知識も自覚もなかった。
 
 今思えば、どんな病気になっても不思議がないぐらいの高カロリー・高タンパクの食事で、これがあらゆる病気の原因となることを知った。成長期を過ぎ、この年の私の体には必要ない高カロリー・高タンパクの食事だったのだ。

 「葬られた『第二のマクガバン報告』」を読んで、骨粗鬆症の予防には牛乳は役立たないどころか有害であるということを知った。

牛乳などに含まれる動物性タンパク質は植物性タンパク質と異なり、体にもたらされる酸の量を増加させ、血液や組織の酸性度が高くなる。体は酸性の環境を嫌い、これを抑えようとして、この酸を中和するために、カルシウム(酸を中和する物質)を使う。

 このカルシウムはどこからか調達しなければならなず、それが骨から引き出される。このカルシウムの損失は、骨を弱め、さらに大きな骨折の危険にさらす。

長年にわたるカルシウムの極端過剰摂取は、体内カルシウムをコントロールする能力を低下させてしまう。長期わたってカルシウムの過剰摂取が続くと、永久に、または一時的に、カルシウムの吸収と排泄のコントロールが乱れ、体は「カルシトリオール」(どれだけ排泄し、どれだけ骨の中に分配するか」を自動調整するための活性型ビタミンD3)の制御能力を失う可能性がある。

このようにして調節機構を崩壊させると、更年期および更年期後の女性の骨粗しょう症発症の元凶となる。「骨ミネラル濃度」が高いと、変形性関節症(骨関節炎)・乳ガンのリスクが高くなるともいう。「骨粗しょう症」のリスクを最小限にするためには、いつも体をよく動かし、いろいろな未加工・未精製の「植物性食品」を食べ、乳製品を含む「動物性食品」を避け、塩の摂取量を最小限に保つことなどが挙げられる。

「乳がんと牛乳」や「葬られた『第二のマクガバン報告』」を読み、「動物性タンパク質摂取量の増加」は、「インスリン様成長因子」(IGF-1)の製造を高め、ガン細胞の増殖を活発にさせることを知り、それまでの動物性たんぱく質中心の食事から植物性たんぱく質中心の食事へ変えている。

また、植物繊維が多く含まれ、抗酸化作用のある野菜や果物などを、できるだけ新鮮なホールフード(できるだけ自然な丸ごと)の形で摂取するようにしている。

 無農薬で安心した野菜が食べられるよう、家庭菜園で野菜やハーブを育てている。虫に食われることもあるが、これが本来の野菜の姿ではないかとも思う。

「乳がんと牛乳」を読み始めた頃は、この作者のしていることをとにかくしてみようと思い、日本ではあまりスーパーで売られていないフェンネルというハーブをジュースにするために、園芸店で苗を探しては育てたこともある。

しかし、このフェンネルは、私のように女性ホルモン過剰なタイプには逆効果になるばかりか、発ガン性もあると調べて知り、ジュースにすることは止めた。

ベーター・カロチンやリコピンなどのカロテノイド、ビタミンC、ビタミンEを含んで抗酸化作用を持ち、細胞膜やDNAを傷害するフリーラジカルを除去してくれる新鮮な野菜や果物を摂り、体を温める生姜などの食品や含まれているシステイン様物質がDNAの傷害を修復するといわれているにんにくもよく食べる。

乳製品をすべて豆腐や納豆などの大豆製品(遺伝子組み換えではない)からなる植物性たんぱく質に置き換えるに置き換える。大豆製品は、乳癌治療薬のタモキシフェンと同じようなメカニズムで女性を乳癌から守る植物エストロジェンを含んでいる。エストロジェンとプロジェステロン様の作用を示す植物ホルモンを含み、更年期症状を抑える力もある。

動物性食品を大豆製品に置き換えると、それだけでコレステロール濃度が20%下がるという。下がるのは、悪玉といわれるLEDコレステロール。豆腐、味噌、醤油は日本の3大大豆食品は、日本人の体にあっているといえる。

油もバター使用せず、オリーブオイルかゴマ油。アマニ油などは加熱しないサラダのドレッシングとして使用。

大豆、かぼちゃ、ゴマ、ひまわり、アルファルファ、レンズ豆などの種子(とくにこれらの発芽種子)には、ビタミンCをはじめとするビタミンやミネラルが豊富で、たんぱく質も多い。

ジチオールチオンを含むを含むアブラナ科の植物(白菜、ブロッコリー、カリフラワーなど)を食べている人に、がんの発生が少ないことが2免疫研究で示されたという。

野菜ががんの予防に有効な他の植物成分同様、発がん性物質を解毒する肝臓の酵素を活性化して、腫瘍の発生を抑制するといわれ、イソチオシアネートの一種で、アブラナ科の植物の辛味成分であるスルフォラフェインもまた、肝臓の解毒酵素を活性化させ、がんの発生を抑制するらしい。

スルフォラフェインが、発癌物質による乳腺腫瘍の発生を抑制することは、動物実験で確認済みで、さらに、アブラナ科野菜に含まれているインドールー3-カルビノールはエストロジェンの代謝を促進するので、特に乳癌の予防効果が大きいと言われている。生のブロッコリーは、大腸がんの予防になると推測される(豚のDNA障害の研究から)。

ユリ科ネギ属のニンニク、玉ねぎ、チャイブ、ニラなども、がんの予防に有効な植物と「乳がんと牛乳」には書かれていた。

野菜は生か軽い調理(蒸し野菜、油通し)をするようにしている。肉はたまに鶏肉を食べるぐらいであまり食べないが、魚介類や海草類は食べるようにしている。魚や肉は完全に火を通したほうがいい。

ユリ科ネギ属のニンニク、玉ねぎ、チャイブ、ニラなども、がんの予防に有効な植物。

 食生活を変えた頃は、野菜のジュースをつくって食物繊維がいいとそのまま飲んでいたが、やはりまずい。今はサラダのようにして生でできるだけ食べるようにしている。

ガーデニングが趣味で、庭で野菜やハーブを育てられるのも、徳島に住んだからできることかもしれない。きれいな空気の徳島で山や田んぼを眺めながら、野菜やハーブを育てていると、それだけでリラックスできる。

 本などでよいと書かれていることは、そのまま実行しようとして、フェンネルのような失敗もした。もうそろそろ癌を発見したときから一年経とうとしている。私の試行錯誤の食生活もやっと落ち着いてきた。

魚や野菜・豆類中心の日本料理がほとんどだが、土日は外食もする。ただし、肉や乳製品を使っていないものを選ぶ。時にはお店の人に食材などを尋ねる。お店によっては、バターなどを使わず、オリーブオイルなどで調理してくれるところもある。

 パンもバターや牛乳・乳製品を使用してないものを探す。結構、最近はそのようなパンも市販されている。コーヒーなども麦芽コーヒーな豆乳紅茶などを買う。

 どのような食生活をするかは、これまで自分がどのような食生活をして体をつくってきたか、今どのような状態にあるかなどを判断材料として決めることで、本の作者の食生活わそのまま自分にあてはめることはできないということに気がついた。他人の実行していることを鵜呑みにしてはいけないということだ。必ず自分の体に置き換えるワンクッションがなくてはならない。

 自分の体は自分で守る。癌を増殖させず、再発させないために私は私のできることをしようと思っている。



テーマ : 乳がん
ジャンル : 心と身体

乳がん (8)食事療法 2 「葬られた『第二のマクガバン報告』」

癌を増殖させないためにどのような食事をすればいいのか?「乳がんと牛乳」を読んでから、牛乳・チーズ・バター・クリームなどの乳製品とホルモンに何らかの因果関係があるらしいことはわかってきたが、さらに「葬られた『第二のマクガバン報告』」を読むにつれ、病気と食事が密接な関係にあることがわかった。

「葬られた『第二のマクガバン報告』」は、「栄養学分野のアインシュタイン」と称されるコーネル大学栄養生化学名誉教授のT・コリン・キャンベルがトーマス・M・キャンベルと著した本で、上・中・下の三冊からなる。

コーネル大学・オックスフォード大学・中国予防医学研究所による「健康と栄養」研究の最高峰とされる「チャイナ・プロジェクト」(中国農村部の栄養調査研究)がそのもととなっている。

また、アメリカ国立衛生研究所内の国立ガン研究所(NCI)がこのプロジェクトに資金援助しており、ニューヨーク・タイムズが「疫学研究のグランプリ」と絶賛した。

博士が伝えようとしているメッセージは、動物性食品の過剰摂取がガンの強力な要因となっているということだった。

言い換えると、動物性食品がガンの最大の要因であり、この食習慣をやめれば、ガンばかりか、心臓病・脳梗塞・糖尿病骨粗鬆症・関節リウマチほかのさまざまな自己免疫疾患・アルツハイマー病・白内障・加齢黄班変性(AMD)など、あらゆる病気を予防し、回復させることができるということになる。

 知識として、この中で見過ごすことができないことをまとめてみる。

* 乳がんは食べるものによって決まる「血中女性ホルモンのレベル」と関係している。

* 乳製品の摂取は、前立腺ガンのリスクを高める。

* 糖尿病や心臓病は、食習慣を変えることにより、薬をやめたり、回復させることができる。

* 前立腺ガンのリスクは、乳製品の摂取による。

* 果物や野菜に含まれる抗酸化物質は、高齢者の知的能力の維持と関係している。

* 腎臓結石は、ヘルシーな食習慣で予防できる。

* I型糖尿病は、間違いなく授乳習慣と関連している。

* 最も高たんぱくの食事をしている子供達が、肝臓ガンになるリスクが最も高い(ガンになっている子は、裕福な家庭の子供)


そして、さらに研究はその原因となる物質に迫ることとなる。

食事に含まれるたんぱく質は、がんに及ぼす影響があまりに強いため、たんぱく質の摂取量を変えるだけで、ガンの増殖を「ON」にしたり「OFF」にしたりすることができた。

また、「絶えずガンの発生・増殖を強力に促進するのが、カゼインだということもわかってきた。そして、それは、牛乳のたんぱく質の87%を構成しているもので、ガン形成・増殖のどの過程でも作用していたのである。

同時に、大量に摂取しても、ガンの形成・増殖を促進させないタイプのたんぱく質も発見した。この安全なたんぱく質は、小麦や大豆など、植物性のものだった。

心臓病、糖尿病、肥満は、ヘルシーな食習慣によって改善でき、これらの病気を回復、そして予防することが証明されている食習慣とは、「プラントベース(植物性食品中心)の、ホールフード(未精製・未加工の食べ物)で構成された食事」のことであると結論づけている。

良い食習慣(ビタミンやミネラル、抗酸化物質、食物繊維などの栄養が豊富で、低塩の植物性食品中心(プラントベース)の食事を続けているために健康状態が良く、その結果コレステロール値が低いという人は、コレステロール値が高い人と対照的に、動脈硬化や狭心症・脳梗塞・骨粗鬆症ほか様々な病気のリスクから免れ、ガンや感染症・脳出血・うつ病などの病気になることもない。

 動物性タンパク質は、体により多くの「IGF-1」を作らせ、細胞の増殖機能と除去作用を崩壊させてしまい、ガンの発生を促すことになる。
   
   →動物性タンパク質は、「活性型ビタミンD」の生産を止めてしまう。牛乳の中に見られる「過剰のカルシ
   ウム」もまた、「活性型ビタミンD」の生産を止めてしまう。「活性型ビタミンD」は、体内でさまざまな
   健康効果を作り出すことに貢献している。

   →「活性型ビタミンD」のレベルが低い状態が続くと、さまざまなガンや自己免疫疾患、骨粗しょう症ほか
   の病気を引き起こす環境を作り出すことになる。

  ・乳製品や肉を過剰摂取することは前立腺ガンの重大な危険因子となる

「高タンパク・高カロリーの食事」をすると、カロリーを体温に転換せずに貯蔵用の形(すなわち体脂肪)に
変えてしまうが、「低タンパク・低脂肪の食事」では、カロリーを体脂肪に変えるのではなく体温への転換に費やし、失わせてしまう。体温が上がることで、癌の発生も少なく、より多くの酵素がとりこまれるとカロリー代謝の変化を起こし、体重減少につながる。              
                                  つづく


テーマ : 乳がん
ジャンル : 心と身体

乳がん (8)食事療法 1「乳がんと牛乳」







 乳がんになって、自分の食事を見直すようになっていることは、「(3)放射線治療」のところで、動物性たんぱく質から植物性たんぱく質の食事に変えていると既に述べたことからもわかる。

乳癌と言われてから、私は不安と癌に対する恐怖から脱出すべく、手当たりしだいに本を読んでいた。何もすることがないということは病気のことばかりを否定的に考えることになる。何とかこの与えられた試練を前向きに捉えたい。何か私も治療スタッフの一員としてただ身を任せるのではなく治療にあたりたい。とにかく手がかりとなることが欲しかった。

 放射線治療の頃から、東洋、西洋を問わず乳癌について書かれている本を探した。特に食事について参考になることがないか、実行できることはないかとの思いからだった。

東洋医学の本では、食品を陰と陽・酸性・アルカリ性食品などに分け、体を温める食品、冷やす食品は何かなどが示されている。また、西洋医学の本では、多くの研究と実験とデーターをもとに食品を分析している。

 ただ、漠然とした不安を持っていた私にとって、放射線治療中にこれらの本と出合えたことが、その後の精神の安定に大きな役割を果たしたといえる。

何冊か読んだ本の中で指針となった本とは、「乳がんと牛乳」(径書房  ジェイン・プラント著 2008年初版)と「マクガバン報告書(上・中・下)」(グスコー出版  T・コリン・キャンベル / トーマス・M・キャンベル 著)である。

 放射線治療の頃、何もすることがない漠然とした不安からこれらの本を読み始め、がん患者の集まりで話をしたりするうちに、だんだん「私はたまたま癌になったけど、今までのような食事をしていたら、癌でなくても心筋梗塞や脳梗塞などになっていたかもしれない」と思うようになっていた。それほどどの病気も日常の食事と深く関わっていることがわかった。

 私は、これらの本によって大きく食生活が変わったが、かといってそれをそのまま乳癌患者にすすめられない。なぜならそれを決めるのは自分自身しかないからだ。

 これらの本を読んでから、体を温める食品(癌は低体温で増殖しやすい)を摂り、乳製品(乳牛の肉を含む)を食べずに、大豆製品、新鮮な野菜・海藻・果物を食べる食事、つまり「穀物+大豆+野菜(+魚)」からなる伝統的な食事に変えていた。

外食する際も、バターやクリームなどの乳製品を使っていないかをお店で聞くことにしている。イタリア料理やフランス料理では、食べられる料理も限られるが、それでもオリーブオイルなどで特別に調理してくれる店もある。


_________________________________________________________________________________________________ 


 「乳がんと牛乳」(径書房  ジェイン・プラント著 2008年初版)の著者 ジェイン・プラントについては、




1945年 イギリスに生まれる。
1967年 リバプール大学卒(地質学専攻)
1968年 英国地質調査研究所・研究員
1973年 博士(レスター大学)
1997年-- 大英帝国勲章
2001年 インペリアル大学教授(地球化学)
2005年 英国王立医学協会終身会員
本書以外に、前立腺がん、骨粗鬆症、ストレスなどに関する数冊の医学関連著書。


という経歴だが、地球化学(地球を化学的に研究する学問)の研究者。(考古学、地質学も含み環境化学物質が人間の健康や、動物・農作物に与える影響を観察...など。)


1987年に42歳で進行性乳がんになり、乳房切除(全摘)。

その後、4回の乳がん再発を経験し、リンパ節にも転移し、放射線治療と抗がん剤治療を受けた。(乳房全切除とさらなる3回の手術。35回の放射線治療≪そのうち5回は卵巣照射≫)彼女は、乳癌で死なないために、科学者としての経験・知識を総動員して、なぜ自分が乳癌になったのかを考察した。その結果、乳癌は乳製品によって起こるという結論に達した。

乳癌の再発を避けるために、「乳・乳製品完全に断ち切る」食事にした1993年のときの彼女は、鎖骨上リンパ節転移の乳癌治療のため、抗がん剤を投与されていた。

プラント教授は、科学者の眼で、自らの乳がんを精察し、類い稀な帰納的推理力を駆使して「乳がんは乳・乳製品によって起こる」という結論に達し、2000年に『YOUR LIFE IN YOUR HANDS』→「あなたの命はあなたの掌中にある」「自分の命を守れるのは自分しかいない」(日本語版『乳がんと牛乳-がん細胞はなぜ消えたか』径書房、2008年10月)という感動的な書物を著した。

プラント教授は、女性が乳癌になるのは人間が本来口にすべきでない牛乳・乳製品を飲みかつ食べるからであると断じている。そして、不幸にも乳癌になった人は、自分が乳癌になりやすい遺伝子資質(体質)の持ち主であることを自覚して、牛乳・乳製品を完全に断つことを勧めている。一日に1キログラムも体重が増えるほど成長が速いウシの子の成長を支えるために、牛乳には大量の成長因子とホルモンが含まれている。このような強力な液体を成人が飲めば、体内に潜んでいるがん細胞の分裂・増殖を刺激してがんの成長を促し、乳癌の治療を受けた人にがんの再発をもたらすことになる。

「乳・乳製品完全に避ける」食事後は、本書原書「Your Life in Your Hands」を出版するまでの7年、さらに現在2008年に至る8年の15年間、乳癌は消え、再発・転移を繰り返す乳癌を克服した。たとえ進行がんでも自分の日常生活を少し変えるだけで乳癌を予防し、再発を防ぐことができるということだ。


____________________________________________________________________________________________

この本を読んで、彼女自身乳癌で再発・転移を繰り返す中で、自分の死と原因をつきとめるのがどちらが先かという切迫した状態と向き合いながらも、克服していったことに敬意を表せざるを得ない。その精神力からは、研究者としてのプライドを最後まで持ち続け冷徹な知性を感じる。


プラント教授は「中国人に乳がんが少ない」「中国人は乳製品を食べない」という素朴な事実(勿論、今は上海など欧米食と何ら変わらないだろうが)から、直感的に「乳がんは乳製品によって起こる」という仮説を導き、膨大な文献考察によってその仮説を検証した。

女性の乳癌と男性の前立性癌は、主として社会的・経済的に恵まれた人達を襲う。「富貴婦病(金持ち女の病気)」と呼ばれ、中国では、かつて欧米風の中流階級の生活を送る豊かな女性がかかる病気と考えられていた。

乳がんはアジアに比べて欧米に圧倒的に多い病気である。


欧米人がホルモン入り牛乳を飲むようになったのはたかだかここ7、80年のこと(1930年ごろから)に過ぎない。
この頃から、欧米で肺がん、大腸がん、乳がん、前立腺がん、卵巣がん、子宮体部がんなどの悪性腫瘍による死亡が著しく増えた(尿道下裂・停留睾丸・精巣悪性腫瘍などの小児生殖器異常の増加は言うまでもない)。


日本でも生まれたときから乳・乳製品を飲んだり食べたりした人々(1960年以降に生まれた人たち)が大挙して40代に突入している(日本は30年遅れて欧米の跡を追っている)。


1997年までの欧米(アメリカ・イギリス・カナダ・デンマーク)とアジア(日本・タイ)における乳がん罹患率の差は歴然としている。

乳がんの少ない日本から乳がんの多いアメリカに移住した日本人が現地の生活を取り入れると、アメリカ人並みに乳がんに罹りやすくなる。つまり、欧米人の生活そのもの(食生活)に乳がんの原因があるのだ。一言で言うと、バターとクリームの香りがする食生活が乳がんの原因なのだとみている。


「なぜ、日本の若い女性に乳癌が増えているのか」といえば、食生活の欧米化に他ならず、(言い換えれば、和食は、味噌・醤油・鰹節・昆布の風味で、洋食は、バター・クリームの香りのする食事だ。「食の欧米化」とは、日本人が牛乳・バター・クリーム・ヨーグルトなどの乳製品を摂取するようになったこと。)食生活を変えることしか、日本女性を乳癌から救う方法はないというようなことが述べられている。



________________________________________

プラント教授の「牛乳-乳がん」説の中核をなす物質が乳・乳製品に含まれているインスリン様成長因子1(IGF-1)であることに気付き、ミルクに含まれているIGF-1は、細胞の分裂増殖が最も盛んなとき(人間では乳児期と思春期。成人ではがんに罹ったとき)にその力を発揮する

離乳期を過ぎた哺乳動物はミルクを必要としない。人間は、離乳期後もミルクを飲み続ける唯一の動物。牛乳は子ウシ以外の動物が飲むように造られていない。牛乳は急速に成長する子ウシ(体重が一日に1キログラムも増える)にとって完璧な飲み物であるが、人間の子どもには不適である。まして大人には害毒以外のなにものでもない。人間にとって優れた食品ではない。

ウシ成長ホルモンは、ヒト成長ホルモンと35%異なっているため乳房や前立腺のリセプターと結合できない。

乳癌と前立腺がんに関してもっとも重要な影響は、組み換えウシ成長ホルモン(rBGH)によってインスリン様成長因子(IGF-1)の生成が増えることである。牛乳を多量に分泌する乳牛は、ウシ成長ホルモン(BGH)の分泌が多い。思春期の女の子の乳房が膨らむのは、IGF-1の細胞分裂促進作用が働いているからだ。ということは、IGH-1が高くなっている牛乳・乳製品・乳牛肉が、がん細胞の分裂を促し、乳癌の成長を促すのではないか?

IGH-1は、乳癌細胞の分裂・増殖を刺激する。乳癌と前立腺がんの増殖にIGF-1が重要な役割を果たしている。

* IGH-1は、IGH-1リセプター(受容体)を介して乳癌細胞の増殖を促す。

* 培養乳癌細胞は、ごく微量のIGF-1に反応して分裂増殖する。

* 乳癌女性の血中IGF-1濃度は、健康女性の濃度より高かった。

* IGF-1によって乳癌細胞の細胞周期が変化する。IGF-1の濃度がわずかに変わるだけで、乳癌細胞のそれぞれの分裂段階にある細胞の割合が変わってくる。

* 乳癌細胞には、IGF-1受容体が過剰発現している。この受容体にIGF-1がや他の成長因子が結合して、乳癌細胞が分裂・増殖する。乳癌細胞のIGF-1受容体は、これらの成長因子に対して反応性が高い。


私たちの体は、IGF-1を産生している。しかし、年をとると、血液中のIGF-1は濃度は低下する。それなのに身体のIGF-1は乳製品の摂取によって増えてしまう。こうして体内で増えるIGF-1が、乳癌や前立腺がんなどの悪性腫瘍を引き起こす。

IGF-1は70個のアミノ酸からなるポリペプチドである。酪農業界の代弁者は、、「牛乳に含まれているIGF-1は、消化管内で分解されてしまうから、血液中に入る(吸収される)ことはない」とか「ヒトの唾液中に含まれているIGF-1が消化管で分解されるのだから、牛乳のIGF-1も消化管で消化されるはずだ」などという反論もあるようだが、それに対しても、牛乳中に存在するIGF-1は唾液中のものとは違うと述べている。

牛乳のIGF-1は、唾液のものと違って牛乳の主要タンパク質であるカゼインに保護されているため、消化・分解を免れ、乳製品によって血液中のIGF-1が増加することはすでに周知の事実のようだ。

IGF-1というポリペプチドの吸収メカニズムは明らかになっていないが、牛乳によって血液中のIGF-1濃度が増えたという報告はたくさんあるらしい。

また、タンパク質摂取量が同じになるように工夫して無脂肪乳(1500ml)か低脂肪肉(250g)を7日間与えた実験で、牛乳群の血中のIGF-1濃度が19%も増えたという事実は、牛乳のIGF-1が消化管から吸収されることのよい証拠となる(肉群では変化なし)という。

結論として、女性ホルモンとIGF-1が恊働して乳がんの発生に係わっているのだ。



もちろん、年齢が高いこと、母親・姉妹に乳がん患者がいることなどが乳がんの危険因子であることは知られているが、乳がんは、できるだけ早いときから乳・乳製品を摂らないことで予防でき、たとえ乳がんになっても、乳・乳製品を絶つことで転移・再発を抑えることができるという。



プラント教授は、首にできたリンパ節のかたまりの大きさをはさみ尺で測ってグラフにつけた。最初の抗がん剤治療は何の効果もなかった。

乳製品を完全に避けることにした。数日のうちにかたまりが退縮し始め、2回目の抗がん剤治療が終わって2週間ほど経ち、乳製品を絶って一週間ほど経つと首のかたまりが痒くなり硬さが減り、かたまりがだんだん小さくなっていった。乳製品を完全に絶ってから約6週間、かたまりは完全に消失していた。自らの身体で実証したのだった。


ある乳がん専門医は「あなたやプラントさんに言われなくても、乳製品が乳がんの原因の一つだということは知っていたよ。毎日乳がん患者を診ていれば、どんな人が乳がんになりやすいか解るのだ。ただ、現在のように乳製品が溢れている社会で、乳製品を止めなさいなんて言うことはできない。だから、我々は早期発見に力を入れているのだ。乳がんは治るから、乳がんになったって早く発見すればいいのだ。乳がんになってしまった患者に好きな乳製品を止めなさいなどと言うのは残酷だよ。乳がん患者に最善の治療を施すのが我々専門医の仕事だ」と語ったという。



また、この中で、バターは女性ホルモン(卵胞ホルモンと黄体ホルモン)をたくさん含んでいるから、日本人女性には要注意の食品であると述べている。

バターをたっぷり使って女性が好むクロワッサンというパンは、強力粉を300gとすると:無塩バター150g:牛乳150gを使う、小麦粉を牛乳でこねて作ったパン生地でバターを包んで焼いたパンである。

このパンをドクロ(髑髏)ワッサンとかドク(毒)ワッサンとも呼べるほど乳がんを忌避し妊娠を希望する女性が最も避けなければならない食品であとブラント教授は述べている。

バゲット・パリジャン・バタールなどのフランスパンのように、西洋のパンは本来、小麦粉、イースト、塩、水の4つがあれば作ることができ、このような食べるとすればこのようなパンがおすすめだという。しかし、パンの間にバターを挟んだり、バターを塗ったりしてはいけない。つけるとすればオリーブオイル。


乳がんあるいは乳がん患者は「商品」か。こんな悲しい不条理な話はないとブラント教授は言う。大部分の日本人は1945(昭和20)年前までの長い歴史を乳・乳製品と無縁で過ごしてきた。それなのに、政府や業界の御用学者は、ミルク・ヨーグルト・チーズほど健康によいものはないと日本人を煽った。

さらに「牛乳を飲まないと背が高くならない」「乳製品を摂らないと骨粗鬆症になる」と日本人を脅迫してきたが、自分の乳房と命は自分で守るしかない(プラント教授の『YOUR LIFE IN YOUR HANDS』)と肝に銘じて、このような無用かつ有害と思われた製品に決然と対処することだと述べている。


現在飲用されている牛乳は妊娠した乳牛から搾られていて、多量の女性ホルモンを含んでいる。市販の低脂肪牛乳が飲用で女性ホルモン作用(ラットの子宮肥大試験陽性)を示す。牛乳の女性ホルモンは乳がんの発生にも大きな役割を果たしているという。日本で市販されている女性ホルモン入りの低脂肪牛乳がDMBA-誘発乳腺腫瘍(腺がん)に対して強い発生促進作用があることが動物実験で確認されている。


以上乳がんを中心にプラント教授の言っていることを書いたが、男性の前立腺がん・精巣がん、女性の乳がん・卵巣がん・子宮体部がんの発生に牛乳が大きく関与しているという報告もあるという。



_________________________________________________________________________________________

この本が書かれた頃と現代は売られている製品は違うかもしれないが、私は乳製品をやめている。そして、そのことは、さらに「マクガバン報告書上・中・下」でさらに確信を得るようになった。

                                       つづく


テーマ : 乳がん
ジャンル : 心と身体

乳癌 (7)抗癌剤治療後 ホルモン剤治療中の体の変化

 抗癌剤治療の三回目の終わり頃から手術した乳房の先半分ぐらいの肌が赤く腫れたようになり、4回目の抗癌剤治療を終えたときには、それはかなり目立つようになっていた。主治医に診察のとき言うと、「放射線治療をするとこうなるが、まだいいほうだ。」と返事が返ってきた。

 放射線治療を終えたときには肌になんら変化がなかったのに、何ヶ月かしてこんなになるのだろうか?5月頃の放射線治療後ならわかるけど。さらに10日ほどして抗癌剤治療後の血液検査の結果が出たとき、「白血球が多いがどこか炎症を起こしていないか」と尋ねられた。思い当たることはなかったが、非常に不安になった。

 私のような抗癌剤の知識の乏しい者にとっては、この乳房の腫れは抗癌剤によってなったとしか思えなかった。セカンドオピニオンでは、抗癌剤をすると黒っぽくなると言われたが、これがしだいに黒くなっていくのだろうか?抗癌剤治療中にどこかが炎症を起こしたのでは?思えば思うほど不安になり、抗癌剤治療を受けた病院へ行った。

 血液検査のデーターを見せ、抗癌剤治療中に発熱して感染症予防の薬を飲みきらなかったために、炎症が起きたのではないかと尋ねてみた。「服部さんはもともと白血球などの数値は高く、これぐらいは心配しなくていいし、発熱のときの感染の心配はないから、もう少し様子を見て、何かあれば検査しましょう」と言われた。

 このころが腫れのピークで、それは徐々に色も腫れもそれほど目立たなくなっていた。

髪の毛は、抗癌剤治療が済むと徐々にではあるが生えてきた。前と後ろに長い毛がわずかばかり残っていたが、頭の全体に毛が生えはじめると、この長い毛は抜け始めた。抗癌剤治療を終えて新しく生える毛は以前と違う毛質になるということだったので、今度は黒々とした毛が生えることを期待したが、やっぱり生えた毛は白髪交じりの毛だった。9月に最後の抗癌剤を終えて、1月のこの時期でやっと水の江滝子ぐらいのショートな髪になったが、まだ毛糸の帽子が手離せない。これをかぶらないと寒い。頭から風邪をひくようだ。
水の江滝子水の江滝子の写真

ホルモン剤治療は、女性ホルモンを抑えるので、髪の毛が生え始めたと思ったら、何だか顔も黒ずんできた。よく見ると、ひげのように見える。「ひげなんか生えなくていいから、寒くない程度に髪の毛よ生えてくれ!」と願わずにはいられなかった。

 抗癌剤治療中、家の中ですごすことが多かったからか、それとも体重が増えたせいか、長時間歩いていると足が痛くなる。足がむくんで大きくなったのかとも思って、できるだけクッション性のある、ゆるいEEEサイズの靴を履いていたが、やはり痛みはひどくなる。

昨年末、夫の、亡くなった前妻の母の訃報で東京へ行ったとき、夫が通夜や葬儀・告別式に参列している間、私は時間つぶしにデパートを歩いていて、「靴と足の健康チェック」というコーナーを見つけた。足型をとってもらい、合う靴を選び、さらにそれを足に合わせて皮を伸ばして調整してもらった。

その靴を履いてから、足の痛みはぴたりととまって、歩くに困難という事態はなくなった。さらに痛かったりすれば東京まで郵送すれば、足に合わせて直してくれるという。

原因は足の中央部をぎゅっとしめて指先をひろげるようにすればいいのに、ゆるい靴を履いていたために外反母趾のように指が親指が内側にはいりこむことがひどくなってきた原因だという。

東京に行って風邪をひいたかもしれないと思いながらも、この靴が得られたのはラッキーだった。

 ホルモン剤を飲み始めてから、おへその下あたりに圧迫感があるような気もするが、もう少し様子を見ようと思っている。

テーマ : 乳がん
ジャンル : 心と身体

乳癌 (6)  ホルモン治療

 やっと抗がん剤治療が済み、ホルモン剤による治療が始る。主治医からは、抗癌剤の副作用については聞かされていたが、ホルモン剤の副作用はないと言われていた。

ところが抗癌剤の治療中に、徳島新聞にホルモン剤の副作用がきつくて治療をやめる人がかなりいるという記事が掲載された。ホルモン剤は副作用がないと思っていたので、我が眼を疑った。それでも私の飲むホルモン剤には副作用がないと信じていた。

 ところが、抗癌剤の治療が終わり、ホルモン治療の説明を受けに行ったとき、閉経してない場合は、ノルマディックス、閉経しているときにはアリミデックス、アロマシンを一日一錠5年服用するが、アリミデックスかアロマシンには副作用があり、その中でも個人差はあるが、関節痛がかなりきつく出ると言われた。この関節痛は防ぎようがないとも。

生理がなくなってもう6~7年経っているので、たぶんこの副作用のあるアリミデックスかアロマシンになるだろう。抗癌剤さえ終われば、副作用もない飲み薬だけと思っていたので、体中から力が抜けるようだった。

まだ、しびれが残っているのに、今度は関節痛までと思うと不安になった。

この日は、閉経しているかどうか調べる血液検査を受け、一週間後に聞きに行くことになった。

 結果が出るまでも、この副作用のことを考えていた。そんなにこの関節痛は辛いのだろうか?
がん患者のピンクリボンの集まりがあり、出席して聞いてみた。

かなりの人がこのアリミデックス・アロマシンを飲んでいるが、やはりほとんどの人が関節にくるということだった。中には関節が痛くて、ペットボトルの蓋もあけられなくなり、薬を変えてもらったという人もいた。

歩くのもきつくて治療をやめようかと思うという患者さんもいた。聞けば聞くほど不安になった。

 検査結果が出て、生理はないのにまだ卵巣からホルモンが出ているので、ノルマディックスと言われた。生理が何年もないのに閉経してない?というのには驚きだったが、ちょっとほっとした。

ただ、この薬は子宮体癌になる可能性があるので、定期的に検査を受けなければならない。

1~1年半この薬を飲んで、閉経したらアリミデックスかアロマシンにすることになった。

指示されたように、コレストロールを下げ骨を強くする食事に心がけ、癌の増殖を防ぐためにも皮下脂肪がつかないよう、できるだけ運動することにしている。
 
ノルマデックスを毎朝一錠飲んでいるが、副作用もなくなんら困ることなく生活している。

テーマ : 乳がん
ジャンル : 心と身体

乳癌 (5) 抗癌剤治療

 抗癌剤治療を受けるかどうか、5月2日には放射線治療を終えていたのに結論を出せずに娘の出産で徳島を離れ、さらにセカンドオピニオンを受けたり、抗癌剤治療を受けたがん患者から話を聞いたりしているうちに、受けると決めたときは6月末になっていた。

 紹介状を持って国立病院の担当医の勤務する曜日の外来に行った。まだ、抗癌剤治療がこわいという気持ちがあった。抗癌剤の治療を受けることを伝えた。

血管が細く、抗癌剤がもれると皮膚が壊死するということで主治医とは無理ならホルダーをつけると決めていたが、ホルダーをつける際の1日入院や諸注意など説明を受けた後、「手首の血管は細いが肘の内側ならもれることもないから、手術の危険性よりホルダーなしでいったほうがいいでしょう。」と言われ、ホルダーなしで7月1日から普通に点滴をすることに決まった。

 抗癌剤治療は、3週間ごとに4サイクル(4回)通院で行う。これから3ヶ月続くのだから、解放されるのは10月になる。それまでどんな日々が続くのか?


一回目の抗癌剤治療  7月1日

血液検査や体重(抗癌剤の投与量は体重による)を測定して、検査結果が出るまで1時間かかるという。待っていても落ち着かず夫の実家へ。1時間して戻ると呼ばれた。血液検査の結果、検査値は基準値内で抗癌剤治療説明を受けた。あらかじめ渡されていた資料についての疑問点などを聞き、抗癌剤の投与量についても確認し、いよいよ抗癌剤を投与することに。

担当医が、点滴の針を刺し、もれていないことを確認。点滴をひきずりながら看護婦さんに案内され病室に行った。

抗癌剤を点滴する部屋ですでに何人かは治療を受けていて、思ったより明るい部屋だった。心配した夫がずっとついててくれ、テレビを見たり、話をしたり、雑誌を読んだりしながらすごした。

2種類の抗癌剤を点滴するので(吐き気止めのデカドロン100mlを入れると3種類。タキソテール250ml・エンドキサン250ml)、朝8時に来たのに、終わったのは午後1時を過ぎて2時近かった。やっと針を抜いて楽になった腕をさすりながら、これからどんな副作用がでるのかと思った。

抗癌剤の点滴中に抗癌剤治療の副作用など注意点についてかなり詳しく丁寧な説明があった。心配なことなども聞くことができ、抗癌剤についての知識が得られ、それまでの漠然とした不安が払拭され、副作用へ具体的にどう対処すればいいかもわかってきた。

 点滴して、何か舌の先がしびれるような気がする。3日目ぐらいまでこれといった変化はないが、3日目の午後急にだるくなる。いよいよ来たのかと思った。何か眠れないと思っていたら、翌日はぐっすり眠れた。だるく腰が抜けるような立っているのも辛いようなことが、ときどきある。

5日目口の中がしびれはじめ、それからのどが痛く、味覚がない。口内炎ができているが、口の中がしびれていてどこがどうなっているのかよくわからない。ウイダーインゼリーとおかゆの日が続く。(口内炎は1月5日~12日頃まで続く)。市販の口内炎の薬をつける。

体のあちこちがかゆい。点滴後1週間は便秘ぎみに、それからは下痢ぎみになると聞いていたが、注意するように言われた下痢と発熱はなかった。ただ、排便の回数も増えたからか、デリケートな部分にも何か出来物ができたようで、薬を買って来る。
 
1月12日口内炎が直ったと思ったら、脱毛が始まる。お風呂で髪を洗うたびに抜ける。ベットのまわりに散る毛をガムテープのついたようなコロコロで取る。

点滴後2週間するとだるさもとれすっかりもとの生活ができるようになった。何でも食べられる。そんなことがとても幸せに思える。3週間のうちの最後の一週間はすっかり元気になり、歯医者へ行ったり、通院したりという用事を済ませる。



二回目の抗癌剤治療  7月22日


一回目の抗癌剤から3週間が経った。この日も通院して血液検査を受ける。γーGTPが56(基準値10~47)、白血球が101(基準値40~90)とやや基準より高いが点滴はできると言われた。

口内炎予防のビタミン剤と塗り薬とかゆみどめの塗り薬、うがい薬を副作用がでたときに備え、処方してもらう。

癌センターなどでは、副作用についてのチェックシートがあって、細かく書けると何かで読んだことがある。この病院では、それがないので、自分の体に起きた副作用については、言って伝えて、指示を仰ぐしかない。担当医には何でも言って聞いてもらうことができたので、安心したが、口に出して言いにくいこともあるので、もう少し考慮してもいいのではないかと思った。

体に起きた変化はすべてメモして伝えた。このときは二回目もまた同じような副作用が出ると思っていた。

 しかし、二回目の抗癌剤の副作用は一回目とは違っていた。5日目冷や汗と筋肉痛で立っていられなくなった。点滴後普通に家事をしていたのに、いきなりきた。

翌日は舌がちょっとしびれる。下痢はじまり、ビオフェルミンを飲むとすぐとまった。

ビタミン剤を飲んでいるせいか口内炎もなくだるくて昼寝をするも、普通に食事が取れるので、今度は楽だった。このまま終わるのかと思った。

ところが、8月7日予約してあった放射線治療後3ヶ月のレントゲンに行き、もうすっかり元気で、帰りに銀行や買い物をして帰り、夕食後テレビを見ていると、突然体がかゆくなった。

寝たら直るかと思ったが、このじんましんのようなかゆみは続き、3回目の抗癌剤治療まで続いた。



 三回目の抗癌剤治療  8月12日の予定が8月19日に

三回目の抗癌剤治療を受けに行ったが、まだこのとき体中のかゆみに悩まされていた。そのことを話すと「アレルギーだと思うが、薬を飲んで一週間休んだほうがいいでしょう」と言われた。

かゆくて苦しかったからか、血圧もいつもより高かった。

血液検査の結果は、LDH241(119~229が基準値)、白血球121(40~90)と基準値を超えているのもあったが、これぐらいなら投与できると言われた。

このかゆい状態ですることに不安もあったので、一週間延ばすことにした。
もらったアレルギー用の薬を飲むとかゆみがぴたっととまった。

一週間後三回目の抗癌剤治療を受けに行く。血液検査の結果、ALT(GPT)31(基準値6~27)・γーGTP49(10~47)と高く、総タンパク6・5(6.5~8・2)と赤血球373(380~500)が基準値ぎりぎりの数値だったが、予定通り行うことにした。

さらに副作用に備えて、ビタミン剤・下痢止め・アレルギーの薬など処方してもらう。

三回目は三日目からなかなか眠れない。二日ほど眠れぬ日が続き、そして五日目あのだるさがやってきた。舌の先と足の指に軽いしびれがある。ビタミン剤を飲んでいたのに、口内炎もできはじめ(8/25)、あわてて薬をつけ大事には至らなかった。

口内炎が引いた(8/27)と思ったら、夕方寒気がして寝るが21時頃目がさめ、熱を計ると38・4℃あった。38℃以上の熱があったときに飲むように渡されていたとんぷくを飲んだ。22時熱は37・0℃まで下がっていた。足指にしびれがある。

翌28日朝起きて熱を計ると37・2℃だった(6時)が、9時には36・6℃まで下がっていた。熱がでたのははじめてだった。これに下痢が加わり、熱が下がらなければすぐ病院に行かなければと思いながら、熱が上がることはなかった。

熱が落ち着いてほっとしたら、夕食後全身に発疹が出て、アレルギーの薬を飲む。

やっぱり3回目になると、熱が出たり、副作用もあれこれ出て、この先大丈夫なのかと思う。



四回目の抗癌剤治療

最後の抗癌剤治療に行く。γーGTPが76(基準値10~47)と高く、総タンパク6・3(6・5~8・2)・赤血球346(380~500)・ヘモグロビン10、9(11、5~15)・ヘマトクリット33、1(34~45)は基準値に足りていなかったが、点滴は可能という判断だった。

暑さが一段落したからなのか、今度の抗癌剤を点滴してからは副作用はあまりなく、そのかわり昼寝も含めてぐっすり寝ることが多かった。

だるさは3日目ぐらいからやってきた。吐き気止めのステロイド剤を点滴後はいつも飲んでいたが、その薬がきれるとだるくなる。足の指のしびれはあいかわらずとれない。

軽い口内炎はあったものの(9/16~19)、お腹の調子も良く、昼・夜寝続けた。しびれだが気になっていたが、突然涙がとまらなくなった。(9月20日頃から)。外へ出るとひどくなるので、ブタクサなどのアレルギーかとも思った。ヨモギやブタクサの花粉症は秋にもなるらしい。

25日頃から右目の周りに何か黒い点のようなものが飛んで見えるようになった。飛蚊症の症状に似ている。やはり免疫力が落ちたせいなのか?

4サイクルの抗癌剤治療が終わり、いつものかかりつけの医院で抗癌剤治療が済んだ事を伝えた。やっ終わったと思った。眼の異常については眼科へ行ったほうがいいと言われ、眼科へ。飛蚊症で年を取るとなると言われた。涙のことも話、アレルギーの目薬をもらって点眼したら、涙はすぐに止まった。

3週間のうち、だるかったり副作用に悩まされていたのは1週間から10日ほほどで、それを過ぎるといつもどおりの生活ができるというのにも救われた。

家事は普通にこなしたが、立っていられなくなって、朝のお弁当を詰めるのは、夫に手伝ってもらったり、普通に食事ができるときは外食を楽しんだり、無理をしない程度に自分のペースで生活することができた。

味覚がわからなくなり味付けに困ったときもあったが、夫に助けてもらい乗り切ることができた。

1~3回目では途中で体重が減っても最後には元に戻っていたが、4回目は、便秘や下痢などもなく普通に食べて寝てばかりいたので、抗癌剤治療が済んだときには始めたときに比べて2キロほど太ってしまっていた。

おまけにほとんどこの3ヶ月家の中ですごしたので、坂道で息切れがしたり、自転車をこぐのも一苦労だった。

治療の途中から、抗癌剤治療が済んだら旅行に行こうと夫と話していた。それを楽しみに乗り切った。

髪の毛はすっかり抜け、なんだか触るとゴムのような感触でいやだった。ただ不思議と前と後ろに抜けない髪の毛が残っていて、バンダナや帽子をかぶるとあまり目立たずにすんだ。リバーシブルの手ぬぐいなども肌触りがよく、使わなくなればふきんにも利用できて便利だった。

3ヶ月すればまた生えてくるらしい。とにかくやっと終わったと胸をなでおろした。

抗がん剤治療の是非については、副作用も個人差があり、一概にどうすべきとは言えない。抗がん剤の種類も様々で、私の受けたような吐き気などもなく日常生活が過ごせる程度の抗がん剤もあれば、苦しい思いをしてこれならもうやめたほうがどんなに楽かというような抗がん剤もあるだろう。

遺伝子が人それぞれであるように、その人の遺伝子に合う抗がん剤もまた人によって違う。癌になって、とにかくどんな時も自分で結論を出さなければならない場面に出くわす。それもかなり重い選択を迫られる。

病気に対する知識がまだ乏しいのに決めなければならない。必死になって調べ、がん患者からその体験を聞いたり、セカンドオピニオンに尋ねたり。自分の命は自分で守らねばならない。後で後悔しないように。そのときそのときどんな場面でもできるかぎりのことをして決めたいと思ってきた。

「あなたはただ言うことをきいていればよい」というような医者に遭うと、「それならあなたの言うようにしていて本当に私の命を守ってくれるのか」と思う。充分に納得できてはじめて患者もまた治療スタッフの一員として不安なく治療を受けることができるのだ。

癌になって、癌経験のある医師や看護婦ならこの気持ちはわかってくれるだろうとどれだけ思ったか。普通なら手術をしてとれば終わるが、癌はこのときから始まりそれはいつまで続くともわからない。

不安な中で生きるために懸命に探す道はどこまで続いているのだろうか?

テーマ : 乳がん
ジャンル : 心と身体

乳癌 (4)抗がん剤治療に悩む(セカンドオピニオンへ)

5月2日に放射線治療が終わり、娘の出産でしばらく徳島を離れている間も、抗癌剤治療をどうしょうかと悩んでいた。

私の遺伝子はホルモン治療が効くタイプなので、切除手術・放射線治療・ホルモン治療だけで抗癌剤をしなければ生存率80%、抗癌剤によってさらに0~10%上乗せできると言われていた。

リンパに転移すると癌細胞が全身にまわっている可能性があること、切除した癌が端までいっていて取りきれず残っている可能性もあり、何より遺伝子の増殖率が高いので、主治医からは抗癌剤治療をすすめられていた。

抗癌剤治療については、近藤誠医師の「医者に殺されない47の心得 」、ジャーナリスト船瀬俊介氏の「抗ガン剤で殺される」などの著書だけでなく、ネット情報にはその危険性を指摘するものがあふれていた。

医者に抗癌剤をすすめられながら、また別の医者の医者は「抗癌剤で殺される」という。

癌患者にしてみたら、これほど判断に迷うことはない。たぶん、みなその立場になったら悩むと思う。

特に、近藤誠医師の「医者に殺されない47の心得 」は、乳房温存療法を確立した功績は認められても、抗癌剤治療について書かれている部分は、首をかしげることも多かった。

 なかなか結論が出せない日が続き、それでもやはり納得した上で治療を受けたいとの思いから、セカンドオピニオンを受けることにした。放射線治療が終わってから、すでに1ヶ月以上もの月日が経過していた。

幸いにも「納得した上で抗癌剤治療を受けたいのでセカンドオピニオンを受ける」という私の申し出を主治医は快く許し、病院への予約、紹介状や病状についてのデーターを送付する手続きをするように指示して下さった。

セカンドオピニオン制度は、保険が適用されず自費で相談時間によって料金が変わる。30分まで10500円、30分を超えて45分まで12750円、45分を超えて60分まで15000円で、それ以降も15分毎に2250円が加算される仕組みだ。

そして、6月5日(水)徳島から比較的近い所にある癌センターを夫と訪れた。あらかじめ主治医から紹介状をもらい、私の病状についてのデーターを送付してもらって、予約した日時に行った。

乳腺外科は、水曜日の午前中が相談日に当てられ、担当医も決まっている。

癌センターの受付で、必要事項を記入し、紹介状を渡して、指示された診察室の廊下で待っていた。 

予約時間を30分ぐらい過ぎた頃、呼ばれて相談室に入った。ベテランであろうと思われる医師と看護婦さんがいた。

「どういうことで来られましたか?」というようなことを聞かれ、今までの経過と0%かもしれない抗癌剤の必要性について疑問を話した。

浸潤性乳菅癌で摘出したしこりは3cmほどだが端まで癌細胞があり、取りきれていない可能性があること、見張りリンパと呼ばれるリンパ節に転移があり(8個摘出したリンパのうちの1個にだけ転移が認められた)、女性ホルモン受容体エストロゲンレセプターはプラス、プロゲステロンもプラス、アクセル役のハーセプチンがマイナス、増殖率が33%という遺伝子検査の結果も伝えた。

その医師は、おだやかで信頼できる口調で、これまでのデーターと遺伝子検査の結果から、抗癌剤による再発率がどれぐらい抑えられるか、0%ということはなく効果はあるなどということを話された。

抗癌剤の副作用のことや、抗癌剤の種類についての意見も聞くことができた。

 主治医の診察は、混んでいるからか時間を制約されているようで、疑問があっても何もかも聞くことができないで言われたままをただ「はい」と受け止めて帰り、治療は進むが気持ちが追いつかないでいた。

その乗せられたレールについて何の疑問も持たずにいたら、今頃は抗癌剤治療をすでにしていたのにと思いながらも、本を読み、ネットで調べれば調べるほど納得できずにいた。

自分がその立場になったのでなければ、他の人にはきっとそれまでの知識からだけだったら「抗癌剤はやめたほうがよい」と言っていたかもしれない。自分がなってはじめて岐路に立たされた。

ふらふら思い悩みながら、このセカンドオピニオンによって、話しているうちにだんだん自分の気持ちの整理もできていったといってもよい。

リンパに転移していなければ抗癌剤をすることもないが、リンパ転移があり増殖率が高ければやはり、標準治療として再発を防ぐためにも抗癌剤を用いたほうがいいという結論だった。

 癌センターだから標準治療に沿ってのアドバイスになるだろうことはわかっていた。だが、なぜ抗癌剤をしたほうがいいのかということについて納得できるまで話し、一時的に癌細胞を押さえ込んでも癌細胞に耐性ができるのではないかという心配も伝えた。「私のような乳癌で今まで直った人はいますか?」の問いに「いっぱいいるよ!今は先が見えないから辛いかもしれないけれど、一年経ったときにはきっと抗癌剤をしてよかったと思うはずだ。」という言葉を聞いたとき、私の心は決まっていた。

廊下に出てからも、さらに詳しく看護婦さんからの注意事項や説明があり、そのようなやりとりを通して、私の心はただ抗癌剤がこわいという気持ちから治療として抗癌剤を取り入れようという気持ちに変わっていった。

癌になってはじめてちょっと晴れ晴れとした気持ちになった。不安で落ち込んでいた気持ちがすっきりした。これから待ち受けるであろう抗癌剤治療への迷いはなくなっていた。

 後日、主治医にセカンドオピニオンの結果、抗癌剤治療を受けることを伝えた。

セカンドオピニオンでは、主治医が勧めるタキソテールとエンドキサンという抗癌剤より心臓に負担はあるが効果のある別の抗癌剤をすすめられていた。そのことを話し、相談の結果、私の年を考えて心臓への負担のかからないタキソテール・エンドキサンのTC療法にするということになった。

 セカンドオピニオンのように、ひとりの患者に医師と看護婦が充分耳を傾けて応対してくれる。これが本来の医療なのだろうが、これには保険が利かない。時間を気にせず話して、相談室を出たときには、45分ぐらい経っていて、心の治療代は高額だったが、これがなければ私はまだ闇の中、結論が出せず、さまよっていただろう。

テーマ : 乳がん
ジャンル : 心と身体

プロフィール

和枝

Author:和枝
 高校教師をやめ、ガーデニングのブログを書くうちに、気づいた小沢問題の陰に潜むマスコミや検察の腐敗をブロガーたちと追究し、小沢一郎氏の無罪判決を得ることができました。

「和順庭の四季おりおり」と題したブログの時から御支持いただいた真実を追究する仲間や冤罪被害者の皆様に支えられ、市民メディア「ツイートテレビ」を立ち上げ、私も生まれ育った東京を離れ、「生活の党と山本太郎と仲間たち」に習い、心機一転、主人の郷里・徳島にてエネルギッシュで常に現実に向き合い情報発信する生活をしています。
 
 それに伴い「和順庭」と名づけた庭も徳島県へ引っ越しました。



※寄付のお願い
■郵便局からの振込みの場合
口座 ゆうちょ銀行
記号 10000 番号 88352491

■銀行からの振込みの場合
口座 ゆうちょ銀行
店番 008 普通預金
口座番号 8835249
口座名 服部 和枝

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。